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受け売りであるが、次の言葉を知った。

「Freiheit ist immer die Freiheit des Andersdenkenden.
(自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である)」


ローザ・ルクセンブルクのロシア革命・レーニン批判
ロシア革命以前からローザはレーニンの前衛党論に反対していた(1904年にレーニンの発表した『一歩前進二歩後退』への批判に始まる。議会主義への態度をめぐって対立していたカウツキーともこの点においては一致していた)。批判の第一は革命後の独裁(プロレタリアート独裁)のあり方・解釈についてである。プロレタリア独裁とは階級の独裁であって一党一派の独裁ではないと主張したローザは、革命後における民主的自由を擁護する立場を取った。批判の第二は、運動組織原則(レーニンの前衛党論)に対してであった。革命は自然発生的でなければならないと考えたのも、前衛党論批判の理由の一つであった。
獄中にいた1917年、レーニンを指導者とするボリシェヴィキによってソビエト政権が樹立された十月革命の報に接するや、レーニンの前衛党論を改めて論難し、実際の十月革命が自然発生的でないことや革命後の民主的自由が危ういことなどを指摘、ボリシェヴィキが新たな独裁を生むだろうと予言し獄中から警句を発した。
具体的には、ボリシェヴィキによる憲法制定会議の解散を批判し、「搾取者」(すなわち革命政府への反対者)にも選挙権を与えるべきであること、出版・結社・集会・言論の自由を保障するべきであることを批判した。ローザの有名な言葉「Freiheit ist immer die Freiheit des Andersdenkenden.(自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である)」はこうした文脈のもとに書かれたものである。これらの批判は死後、弟子によって出版されたが、ローザ本人の確認を経ていないことから、ローザの真意が記されているわけではないと旧ソ連は批判していた。


さて、寛容、多様性、言論が〜、表現が〜、と喚きながら、実際は「非寛容」で「多様性を認めず」「言論や表現の自由を弾圧」することも厭わない、パヨク諸君。かつて共産社会主義の理想に燃えた人物が言ったとされる「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である」という言葉をご存知だったかな?

もっと言えば、自分たちの理想を実現するために集った仲間達の非道を、チミらパヨクは一度でも批判をしたことがあるのか?ということである。

チミらパヨクこそ、従順な家畜のごとく、チミらたちの指導者的立場の者の言葉を盲信し、自分の頭で考える、ということをやめているのではないのか?

というか、チミらパヨクは「リベラルではない」ということを自覚しているのか?

チミら自身が、自身のことを「リベラル」と本当に思っているのであるのならば、難癖をつけ、かつ暴力によって他者の言論・表現を弾圧する、なんぞ当然の面して行えないはずなんだが・・・


おまけリンク

【昔々、私はリベラルだった。】



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フォードFシリーズの最上級クラス???・・F-MAX???

みんな!!ポリコレ棒を持ったな!?

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