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こんな「戦隊ヒーロー」はいらない。

こんな「ヒーローばかりが社会に溢れたら」・・・・恐ろしい


追記

 【私は、失望することのほうが、オカシイと感じた。人間的な共産(社会)主義なんて、ありえようはずがないのである。スターリンのほうが、よほど首尾一貫している。バカなのは、そういう社会が実現可能だと信じていた良心的なインテリたちである。私が真の共産主義者ならば、彼らのような人間は社会に害毒をおよぼす人種と断じ、粛清でもなんでもして、消してしまったであろう。政治的センスのない良心的な人々が、政治に口をだすことほど害なものはない。とくに、それらの人が、社会的名声など持っていたりすると・・・・、とソ連の支配者が思ったとしても、あの国の政体からすれば、当然ではないかと思う】

 【第二に、相対的な考え方を排して、絶対的ななにかを求める動きである。気持は、わからないでもない。相対的な考え方をまっとうするには、実に強靭な精神力を必要とするからである。多くの人にそれを求めることほど、非現実的なことはない。それ一つですべてを律し切れるオールマイティな考え方を持つほうが、よほどラクだし、マジョリティがどういうことを好むかを考えれば、よほど〝自然〟である。

 しかし、この動向が、善意から生まれ、進歩派からいいだされ、若者たちが旗を持ち、比較的にしても少産階級が温床となり、クリーンで潔白で完全主義者の人々が群れの先頭に立ち、しかも情緒的に表現しはじめると、私は怖いことになる危険を、感じずにはいられない。

 なぜなら、これらの性質を強くあらわせばあらわすほど、大衆の好意を獲得するのに容易になるからである。そして、サイレント・マジョリティと結びついた後は、全体主義は、動向から完結への道を邁進するだけである。

 コンセンサスを、ヒットラーもムッソリーニも、昨今の民主主義体制よりはよほど享受していた時期があったことを、忘れてはならないと思う。そして、全体主義下ではなぜか文化が花開かないかは、文化史上の問題だけではないということも】

塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から全体主義についてより抜粋引用。


追記の追記


新潮社の判断、実際のところはどうなのかわかりませんが、出版社側とか出版業界、書店等の様々な経済・経営事情というのがあって、出版社側は「これ幸い」ということで一つの雑誌を休刊・・事実上の廃刊にしたのかもしれません。これで「経営上のお荷物を片付けられた」とね・・・

しかし、変な圧力に屈した、という印象は否めず、変なコンセンサスが得られれば、言論や表現を弾圧しても構わない、という悪い事例になったことは間違いない。

ですからこれからは、自主的なゲシュタボ、シュタージュ、パヨクが言うところの特高、憲兵の様な・・ポリコレ棒を持った思想狩り、言論狩り、言葉狩りを公然のことして行うバ〇がキ〇ガイがもっと跋扈する可能性が高くなった、と言えるでしょうね。

でもね、なんでもやり過ぎというのは大きな反動を生むもので・・・我こそは社会正義だ、とポリコレ棒を振りかざしているバ〇たちは、キチ〇イたちは、その反動に耐えられますかね?

すでに、〇カだしキチガ〇だから、反動が起きて大変なことになっても気がつかず、耐えられたりして・・・・・・(°▽°)


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仲間達の非道を一度でも批判したことがあるか?

ならば、ホウシャノウガ〜、オセンガ〜、をなんとかしろよ

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