なぜかアクセス数が多い様な・・・

よもぎねこさんのエントリに・・・

【理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するものです。】


・・・という引用文を引用し、コメントを記したためであろうか?


ならば、その引用文の全体がわかる形で、このエントリにてその引用文を掲載しよう。



 【数年前、日本で、ある人にこんな質問をされたことがある。
 
「現実主義者は、それが個人であっても国家であっても、なぜ常に憎まれてきたのだろう」
 
もちろん、彼と私の間では、現実主義についての定義づけを、あらかじめすることなど必要ではなかった。われわれ二人にとっては、現実主義とは、現実と妥協することではなく、現実と闘うことによってそれを切り開く生き方を意味していたからである。
だが、その時の私は、彼の質問に答えることができなかった。しかし、今ならば、それができるようなきがする。
 
「現実主義者が憎まれるのは、彼らが口に出して言わなくても、彼ら自身そのように行動する事によって、理想主義が、実際は実にこっけいな存在であり、この人々の考え行うことが、この人々の理想を実現するには、最も不適当であるという事実を白日のもとにさらしてしまうからです。
理想主義者と認じている人々は、自らの方法上の誤りを悟るほどは賢くはないけれど、彼ら自身がこっけいな存在にされたことや、彼らの最善とした方法が少しも予想した効果を生まなかったを感じないほど愚かではないので、それをした現実主義者を憎むようになるのです。だから、現実主義者が憎まれるのは、宿命とでも言うしかありません。理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するものです。」】
塩野七生著『海の都の物語 1』の中から第三話 第四次十字軍より抜粋引用。



・・・・・ついでに、次のことも引用しておこう・・・・


 
【カバーの金貨について
 
 他の職業人に比べて政治家が非難されやすい理由の一つは、政治とは誰にでもやれることだという思いこみではないだろか。例えば、ピアノのコンクールでは、審査員は有名なピアニストが担当する。いかに音楽を愛していても、単なる愛好家には、票を投ずることは許されていない。それなのに政治となると、選挙では誰もが一票を投ずる資格をもつとされている。でないと、反民主的と非難される。ということは、民を主権者とする政体とは、政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム、と言えないであろうか。
 となれば政治家にとっての死活問題は、政治のシロウトたちの支持を獲得することになる。知識はあっても政治を実際にやったことはないという点で、学者も評論家もメディアもシロウトに属す。政治家が挑戦すべきなのは、政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得するという、高等な技なのである。クラウディウス帝は、この放れ技に失敗したのだった。何によって?それは読んでお楽しみ、と言っておこう。】
塩野七生著 新潮文庫刊 『ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち[三]』 より


国家宰相、すなわち総理大臣となれば、保守とか革新、理想主義者も含めた国民全体のことを考えねばならないのである。ましてや日本は、未だに「国防」すなわち「戦争のことを真面目に考え、議論する」ということは「タブー」ということが蔓延しており、それを総理大臣がズバリと言ってしまえば「蜂の巣をつついたよう」に、有る事無い事で大騒ぎになるのである。例え、本当に北朝鮮からのミサイルで実害が出たとしても、北朝鮮を責める前に、総理が〜・・政治家が〜・・となりかねないのが、今現在の日本。その現実を認識せねばならないのである。

というか、保守だろうが左翼、革新だろうが、総理大臣という職責を「スーパーマン」「全知全能の神」と考えていないか?



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まあ、デマノイの発言だから・・・

この話に「裏がある」と思わない方がおかしいわ!

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相模

>総理大臣という職責を「スーパーマン」「全知全能の神」と考えていないか?

「誰が総理大臣になっても同じ」という表現は民主党政権直前までありました。つまり総理大臣を全能者と思っていなかった。その後はこの言葉を聞かない。ということはマスコミは総理大臣が変われば政治が変わると認識したのです。それゆえ改憲論者の安倍さんの存在は許せない。ひょっとしたら安倍は全能者?

日本人はマルかバツかの真ん中にあることが心地よい。真ん中にある政治に無知な人をマルかバツかに引っ張る人が理想主義者であり又は現実主義者であるでしょう。しかしそれを指し示すことに拒否反応を示す人は多い。あんた全能者ではないだろう!

目下全能者と見做されているのは戦後体制(GHQ統治)に他ならない。吉田茂はGHQを「ゴーホームクイックリー」と笑いましたけど今の人は笑いを恐れる。

2017/07/30 07:08

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よもぎねこ

 過度な敵意は、相手を全知全能にしちゃうのでは?

 そして過度な期待は敵意に変質していくのでは?



2017/07/30 09:16

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裏の桜

Re: 相模さん

こんにちは。

> >総理大臣という職責を「スーパーマン」「全知全能の神」と考えていないか?
>
> 「誰が総理大臣になっても同じ」という表現は民主党政権直前までありました。つまり総理大臣を全能者と思っていなかった。その後はこの言葉を聞かない。ということはマスコミは総理大臣が変われば政治が変わると認識したのです。それゆえ改憲論者の安倍さんの存在は許せない。ひょっとしたら安倍は全能者?
>
> 日本人はマルかバツかの真ん中にあることが心地よい。真ん中にある政治に無知な人をマルかバツかに引っ張る人が理想主義者であり又は現実主義者であるでしょう。しかしそれを指し示すことに拒否反応を示す人は多い。あんた全能者ではないだろう!
>
> 目下全能者と見做されているのは戦後体制(GHQ統治)に他ならない。吉田茂はGHQを「ゴーホームクイックリー」と笑いましたけど今の人は笑いを恐れる。


kazkさんでしたか?

短足様のところで、戦前の「特高」や「憲兵」は「右派も厳しく取り締まっていた」ということをコメントしていた様に記憶しているのですが、右だろうが左だろうが、理想と言いますか、そのことのために「極端」になってしまうと、国益を損なう、ということが「倒閣運動」「反安倍」の件で理解できましたね。

そして、パヨクも保守・右派・右翼と称しているパヨクもどきも・・・本来の場所へ「ゴーホームクイックリー」と思いますね。

2017/07/30 16:03

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裏の桜

Re: よもぎねこさん

こんにちは。

>  過度な敵意は、相手を全知全能にしちゃうのでは?
>
>  そして過度な期待は敵意に変質していくのでは?

そうなのでしょうね。そしてその様なことが、ルサンチマンの本当の本質なのかもしれませんね。

2017/07/30 16:05

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