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「保育園の散歩は大事なコト」 過度の自粛を懸念したエッセイ漫画で知る、たかが散歩 されど散歩


この様に記すと語弊があるかもしれないが、リンク先を読むと「面白いなぁ〜」である。


あの事故の直接的原因は、車の運転手の不注意の可能性が高い、と私個人は思う。しかも些細な不注意によって、取り返しのつかない重大事故になった。それと同時に、「慣れ」も挙げられよう。

事故加害者が、事故を起こした道路を車にて日常的に使用していたのか知らないが、仮に日常的に道路を使用していたとすれば、慣れや過信があったのだろうと思うし、その慣れや過信が「危険予測」ということの欠如になったのだろうと思う。というか、交通違反や事故と言うのは、使い慣れた、通いなれた道路で起きやすいし、それが積み重なって「重大事故」になる場合が多い。

それはともかく、ここでの話は、何かがあると「すぐに危険だ、危険だ」と既存の報道機関が大騒ぎする事である。

特に、既存の報道機関は「生贄を探し出す」かの様に、「誰それが悪い、危険だ」と言う報道を野放図に垂れ流す。その様な報道・情報を受けた側は、何の考えもなしに「報道機関が言う事だから・・」と真に受ける。

それが「過度の自粛」なのだろうと思う。

思うのだが・・・・・昨今、既存の報道機関への風当たりが強いためか、以前の様な「危険だ危険だ」と言う社会不安を闇雲に煽る様な報道は、直ぐに消えてしまう様である。

それだけ、既存の報道機関が垂れ流す情報を信用している方が少なくなり、既存の報道機関が長年独占し続けてきた「言論の自由」「表現の自由」が、多くの名もなき国民の手に漸く入った、と言う事なのかもしれない。

いや、既存の報道機関の「偏りすぎた意見や主張」に、多くの国民は反論できる様になった、と言うべきであろうか?

それとも、押し付けがましい既存報道機関の価値観や正義だけが「絶対」じゃなくなった、と言うべきであろうか?

その事実・現実にものすごく戸惑っている、驚いているのが、既存の報道機関・新聞テレビであろうと思う。


さあどうする?

既存の報道機関・新聞テレビよ、「王様(既存の報道機関)は裸だ!!」と言われているのだぞ?


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