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新聞は読むだけ時間の無駄で、騙されるだけ。記者会見そのものをみたほうがいいhttps://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201902/26_p.html … →「あなたに答える必要はありません」東京新聞記者は何を質問したのか? 全文書き起こし(篠原修司) - Y!ニュース


マスコミ・ジャーナリスト。事実や分析がほとんどなく、意見ばかりいう人たち。だからオレは新聞をほとんど読まないんだな。事実なら、新聞を読まずに、一次資料やデータにあたったほうが効率的。分析は下らん人の話を聞くくらいなら自分でやった方が早い。マスコミ・ジャーナリスト不要不用


意見をいわずに事実から質問を連発する人。国会などではこういう人には気をつけた。質問の前に長々と意見をいう人は対処が簡単なんだよ。意見をいって時間を使ってくれるし不用意な答えも避けられる準備ができるし。それに比べて短い質問の連発は対応が難しい。記者会見で質問だけの人はデキル笑


昔、「Oh!モーレツ」という言葉、いや「CMのキャッチフレーズ」が流行り、当時の子供達の間でも何かと言えば「Oh!モーレツ」という事が流行ったが、引用Tweetを拝見し「Oh!モーレツ」ならぬ「Oh!ツウレツ(痛烈)」と思ってしまった。


参考

【「あなたに答える必要はありません」東京新聞記者は何を質問したのか? 全文書き起こし】


ちなみに、私も新聞をほとんど読まない。

ネット上の「報道」というか、何々があった、ということは見るけれど、その後はネット上の「誰もが閲覧する事ができる」政府資料などを閲覧する様にしている。

というか、その様になってしまったんだよね。

既存の新聞テレビが報じていることに頼らずとも、日々起こる事象を知る事ができる様になったし、政府発表にせよ、官房長官定例記者会見の内容にせよ、既存の新聞テレビを介さずとも誰もが簡単に閲覧できる様になったんだよね。

その事実を、渦中の新聞記者やその渦中の新聞記者を雇用している新聞社、当然、その他の新聞テレビ各社が知らないはずがない、と思うのだけど・・・新聞紙面やテレビニュースとして流れる時は、変に「編集加工」して流してしまう。

仮に、既存の新聞テレビがその事すら本当に知らない、という事であるのならば・・・既存の新聞テレビは情報を扱う資格は無い、としか言えないけどね。


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◯記者が「国民の代表」である理由

 なぜ、記者は国民の代表として質問する立場にあるのか。東京新聞側が官邸側に回答したように、その根拠は日本国憲法第21条(表現の自由)にある。人々が表現、つまり、政治や社会に対する意見表明をするにしても、重要な情報が隠蔽され知ることができなければ、意見表明することは難しい。だからこそ、憲法第21条は人々の「知る権利」を保証するのだ。そして、報道がその「知る権利」を保証するものであり、「報道の自由」が最大限保障されるべきことは、もはや異説は無い。総務省も「報道の自由」の根拠について、度々、最高裁判決(昭和44年11月26日)を引用、「報道の自由」の重要性を認めている。



報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。したがつて、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない
出典:最高裁判決(昭和44年11月26日)及び総務省ウェブサイト


◯「恫喝」追認した菅官房長官

 人々の「知る権利」及び、それを担保する「報道の自由」が保証されることは、国民主権の民主主義社会に絶対に必要不可欠だ。そのような、民主主義および憲法の基本の「き」すらも理解していない、或いは否定するかのような官邸側の「恫喝」は、行政を担う者として、断じて許されない暴挙だ。このような「恫喝」は、政治思想の左右にかかわらず、最低限の教養・良識があれば、とても主張できないはずだが、菅義偉・内閣官房長官は、今月20日午後の会見で東京新聞の検証記事に対し、「個人的には違和感を覚えるところもある」と発言するなど、官邸側の「恫喝」を正当化した。

◯菅官房長官、長谷川内閣広報官、上村報道室長は辞任すべき

 報道への「恫喝」が横行し、人々の知る権利が脅かされるとしたら、それは民主主義国家の土台が根本から崩壊することになる。本件は、望月記者個人や東京新聞だけではなく、報道関係者全体として、また一般の市民も主権者として、立場や主義主張を超えて、官邸側の暴挙を猛批判すべきことだろう。さらに言えば、憲法や民主主義への冒涜を平然と行うような者は、政治に関わる資格はない。菅官房長官及び長谷川内閣広報官、そして望月記者への執拗な質問妨害及び官邸記者クラブに圧力をかけた上村秀紀・官邸報道室長は、即刻辞任すべきだ。
(了)

【一民間企業の東京新聞が「国民の代表」である理由~官邸側「恫喝」を憲法の視点から解説】より


なるほど・・・

しかし、私も他者様の事をとやかく言える立場ではないが・・・「面倒くさい方だなぁ〜」である。

ネットの登場、そのネットの普及で、いわゆる「新聞テレビを介して情報を知る」「新聞テレビを介しての国民の知る権利」と言う事が変わったんだよね。

リンク先記事をご覧になればわかるけれど・・・引用部分に記されてある「出典:最高裁判決(昭和44年11月26日)及び総務省ウェブサイト」と言う事が、その事を明確に物語っているんだよね。

以前も記しているけれど、ネット環境があれば、誰もが、どこにいても、簡単に「公文書」等々の「国民が国政に関与するにつき、重要な判断」が出来得る情報を閲覧できるんだよね。

当然そこには、思想の表明の自由、表現の自由もネットの普及で変わったんだよね。だってさ、節度を守って、と言う事があるにせよ、一個人がネットを介して様々な事で語り合い(言論の自由)色々な事の表現(表現の自由)を謳歌できる様になったしね。

産まれた時から、物心ついた頃には・・・ネットは当然、と言う若い世代の方には信じられないだろうけど、普通の方が「意思表示をする」とか「表現する」と言うことは、ネットが登場する前は本当に大変だったし、ましてや「報道機関」に対して、当然それは「政府や官僚、政治家」に対して、意見を言うなんて簡単にできなかったんだから・・・そのために、逆に新聞テレビに媚びなんぞ売って、新聞テレビでそれを取り上げてもらう、と言う事を行なっていたんだからね。

ただね、それこそ「アナウンス」と言うか、広く知らしめる、と言うか、「広報」と言うか、その様なことに関しては、新聞テレビはまだまだ必要と思うよ。ところが、新聞テレビがよく言うところの、いやもとい「民間企業」としての「社会的使命」と言うことから逸脱しすぎているから、官房長官でなくても「ふざけるな!」「マスゴミ!」と多くの方が言うのだよね。

そしてそこに「自治」と言う事を、ある意味認められている「記者クラブ」と言うところが、その自治を全く発揮できないから、「なんだその体たらくは??」と批判されているんだよね。



質問本文情報

平成二十二年四月九日提出
質問第三六九号

参議院予算委員会への三閣僚遅刻問題に関する質問主意書

提出者  馳  浩


参議院予算委員会への三閣僚遅刻問題に関する質問主意書


 三月四日付日本経済新聞によると「二〇一〇年度予算案参院審議の初日である三日、」「三閣僚が参院予算委員会に遅刻した。国会審議への閣僚の遅刻は極めて異例で、事務局も『過去に例があるかどうかは調べようがない』と言うほど。」とのことである。そして、この遅刻の理由として「事務方のミス」と弁解しているが、「政治主導が看板の民主党政権では国会対策や日程管理も、政治家である政務三役が責任を持つはず」である。
 そこで、次の事項について質問する。

一 鳩山由紀夫首相をはじめ、平野博文官房長官、原口一博総務大臣は遅刻の理由について「事務方のミス」と弁解している。具体的にはどのようなミスがあったのか、情報の開示を求める。
二 また、同日は全大臣が出席したと承知しているが、三閣僚以外に遅刻した大臣が存在するか、情報の開示を求める。
三 遅刻した閣僚と遅刻しなかった閣僚が存在するが、両者の事務方の連絡方法に相違があるか、情報の開示を求める。
四 自民党の世耕弘成氏も指摘しているように「危機管理案件だったらどうする」つもりであったのか。政府の見解を問う。
五 そもそも「政治主導が看板の民主党政権では国会対策や日程管理も、政治家である政務三役が責任を持つはず」である。遅刻しなかった閣僚もいる以上、政治家間で情報の共有ができていればこのような事態は防げたのではないか、政府の見解を問う。
六 今後の具体的な再発防止策について問う。
 右質問する。


ほんと、この様な記録というか、事実というか、そんな事を「誰もが閲覧できる。調べられる」という事にしてあるのだから・・・クソ律儀、クソ真面目と思いますわ。

で、かつての民主党に属していた方々は「過去の話だ」「今はそんな政党は存在しない」等々言われるであろうが、間違いなく「民主党」という政党が存在し、その政党が一時期であるが「政権与党」「政権政府」になっていたことは間違いのない事実。

しかも、その時の政権政府、政府要職には、今や「最大野党?」と称する政党に属する方々が就いていたことも間違いのない事実。


というかね、いくら政党名を変えようとも、新たな政党を立ち上げそこに所属を変えようとも、かつて自分たちが行った事を「省みない」「顧みない」という事ができない様では、いくら新聞テレビがその方々を庇うような「印象操作」「世論操作」を行おうが、誰も見向きもしない。逆に、「ふざけるな!」と野党や新聞テレビに対し言うのだ。

ましてや昨今は、引用した記録文書でわかる様に、誰もが簡単に「公開可」となった「公文書」等を閲覧できるのだから尚更だ。


追記

私の拙ブログに、「株式会社 北海道新聞社」よりアクセスがあった。ある意味、大変名誉な事である。

ただ、追記を記したこのエントリか?それともこのエントリとは違うエントリに興味があったのか知らないけどね。

それはともかく、北海道新聞社社員諸君は「基本中の基本」である「足で稼ぐ取材」というものを地道に行い給え。ネット上にある情報の「コピペ」はダメだぜ。チミら新聞社が嫌う「ネット情報」と同じになってしまうからね(嘲笑)

そういえば、新聞記者は国民の代表だ、と啖呵を切った新聞社?新聞記者?がいた様だが、「株式会社 北海道新聞社」も同じ考えなのかね?


県民投票の翌朝「辺野古NO」を強制排除 反対7割でも


すごい記事見出しですね。

まさしく「新聞による印象操作、世論工作」でありますね。しかも新聞社の「悪意」を感じる。


そして、いくら県民投票で辺野古NOという意思表示がなされたとしても、無法状態、日本の法律に従わなくて良い、という事にはならないのですが、朝日新聞社は「無法状態を是」「無法状態マンセー」「日本の法律に従わなくても良い」と見出しを打つ。

ほんと、朝日新聞社には「呆れる」としか言いようがありませんね。

いや、朝日新聞社も含めた「新聞社」というのは、「反社会的組織」という事を「認めた」と解釈します。ですから、合法的に「反社会的組織新聞社壊滅」を我々・・朝日新聞的にいうところの・・「市民」は遂行するしかありません。



村上春樹さん「理想は少しむちゃでも抱き続けたほうがいい」

世界的な人気作家の村上春樹さんがフランスで講演し、「理想は少しむちゃなものでも抱き続けたほうがいい」と述べ、若い人たちにエールを送りました。

村上春樹さんは、フランスで日本文化を紹介する「ジャポニスム2018」にあわせた舞台「海辺のカフカ」の公演の最終日を前に、23日、パリで講演しました。

村上さんは小説を書き始めて40年がたったことをユーモアを交えて振り返るとともに、日本を含め世界各地で学生運動が盛んだった1960年代のみずからの青年時代について語りました。

そして、今の若い世代は希望を持ちにくくなっていると指摘したうえで「理想は少しむちゃなものでも抱き続けたほうがいいと思う。でも、つぶされたときにどういうふうに自分が行動していくかが大事な要素だ」と述べ、若い人たちにエールを送りました。

村上さんが公の場で語ることは珍しく、会場には、およそ560人が集まり、講演に聞き入っていました。

講演を聴いた村上さんの大ファンだというパリの男性は、「村上さんが若い人たちにどんな思いを抱いているか聴けて、興味深かったです」と話していました。


これ、NHKが報じた記事。

この記事は「エンタメ」というカテゴリー分類がされている様で、「あくまでも芸能記事」という報道姿勢なのであろう。

それはそれで構わないのだが、なんというのだろうか?

世界的?な、しかも毎度毎度「ノーベル賞受賞」と呼び名も高い著名人の「言動」を報じるとなると、良くも悪くも「政治的色合い」が濃くなる様に思う。


ましてや・・・・

歴史を作り替え、若者に… 村上春樹さん「とても危険」

・・・という記事見出しになると尚更である。


著名人や有名人が「政治的発言をすべきではない」ということは言わない。

しかし、その社会に及ぼす影響力を考えると、それこそ朝日新聞の見出しではないが「とても危険」な感じがしてならない。



追記

沖縄県民投票「反対」多数 政府と沖縄県 対立深刻化不可避


このリンク先の記事もNHKなのですが・・・

基地移設の「賛否」および「その結果」についてとやかく記すつもりはありません。

記事見出しに記されている「政府と沖縄県」という文言についてです。

NHKはこの様な事象を報じる場合、政府という文言を使わず「国が〜」と記すのが「当たり前」でした。

これはNHK以外のテレビ局も同じ様で・・・当然、大新聞も・・、「国が〜」という文言が消え「政府が〜」になっている様です。

マスゴミ界隈に何があったのでしょうかね?????


奈井江発電所2号機の停止について(第1報)
2019年2月11日
 奈井江発電所2号機(所在地:空知郡奈井江町、定格出力:17.5万kW、使用燃料:石炭)は、ボイラー内部での蒸気漏洩の兆候を確認したことから、2月10日21時09分に停止し、点検作業を開始しました。
 現在のところ、点検・補修作業には数週間程度を要する見込みであり、復旧時期は未定です。

 奈井江発電所2号機の停止により、直ちに電力供給に支障が生じる状況ではありませんが、発電設備や北本連系設備の更なる計画外停止が発生した場合には、厳しい需給状況となる可能性がありますので、お客さまには引き続き節電へのご理解とご協力をお願いいたします。
 当社は引き続き、安定供給に万全を期してまいります。


伊達発電所2号機の停止について(第1報)
2019年2月24日
 伊達発電所2号機(所在地:伊達市、定格出力:35万kW、使用燃料:重油)は、ボイラー内部での蒸気漏洩の兆候を確認したことから、2月23日19時10分に点検作業を開始しました。
 現在のところ、点検・補修作業には数週間程度を要する見込みであり、復旧時期は未定です。

 伊達発電所2号機の停止により、直ちに電力供給に支障が生じる状況ではありませんが、発電設備や北本連系設備の更なる計画外停止が発生した場合には、厳しい需給状況となる可能性がありますので、お客さまには引き続き節電へのご理解とご協力をお願いいたします。
 当社は引き続き、安定供給に万全を期してまいります。


この他にも北電は・・・

「当面の補修作業計画について」

ということを発表しており、その補修作業計画の中に・・・


苫東厚真発電所1号機(所在地:勇払郡厚真町、定格出力:35万kW、使用燃料:石炭)

停止日 3月1日 復旧予定日 5月30日・・・中間点検のため

・・・とある。


で、この様なことが続くということは、原発停止における弊害というか、火力発電の「酷使」というのが垣間見える。

多分、北電以外の電力会社も似たり寄ったりのことになっているのではなかろうか?


先ほど北海道厚真町の地震は苫小牧での炭酸ガスの地中貯留実験CCSによるものではないかと書いたばかりの本日、再び厚真町を震源とする震度6の地震が起きてしまった。被災された方々にお見舞いを申し上げると同時に、本来地震に殆ど見舞われなかった地域だけに、CCSによる人災と呼ばざるを得ない。
https://twitter.com/hatoyamayukio/status/1098563237774209024



道警は科学的データも調べないで厚真町地震と苫小牧のCCS実験は無関係でデマと認定した。国会論戦で中越地震・中越沖地震はCCSによって引き起こされた可能性があるとされ、長岡のCCSは中止となったのであろう。更に北大の研究者が地震誘発の可能性があると論文を書いている。道警は命を守ってほしい。
https://twitter.com/hatoyamayukio/status/1098927704261386242



面白いなぁ〜・・・・

大きな地震が発生したばかりだから、無闇に不安と恐怖を煽る様な言説は「デマ」と言われても仕方がない。

しかもこの御仁、いくら「工学博士」という肩書きを持っていたとしても、政治家として活動していた頃の評判がよくないのだから、尚更。


要はさ、「自分で蒔いた種」「身から出た錆」ということなんだよね。それをご自身が理解できていない、と世の中は見ているから、この御仁が科学的知見を基にいくら説いても誰も耳を貸さないわけ。


そうでなくてもさ、仮にも科学者ならば、まさしく「客観視」し、世の事象を見なきゃならないのに、いわゆる「歴史問題」等々に代表される「隣国との問題」などに関しては、それが全くなく、隣国が主張する通り、海外の大メディアが報じる通りの「日本のイメージ通り」のことしか言わないんだもん。

しかも、日本の元総理大臣という肩書きを最大限利用し、「こいつ工作員なのか?」と言われてもおかしくないことを実践してるしね。


天皇陛下と韓国・文議長「御面会になった記録はありません」 宮内庁、夕刊フジに正式回答で「完全否定」


普通に考えれば、この様なことをしなくても「嘘」であることは誰もがわかっている。

しかし、リンク先の記事にも記されている様に、仮にも、しかも他国とはいえ「国権の長」が「陛下が・・」と述べたのだ。その真意?事実?を知るために「メディア」は宮内庁に確認・取材するのは当然のこと。

いや「基本中の基本」なのであるが、その基本が既存の大新聞、大テレビ局がなっていないから、「マスゴミ」と嘲笑されるのである。


昨夜、平成31年 2019年2月21日21時22分に発生した北海道での地震で、被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。

2月も終わりに差し掛かり、天候も「春めいて」と言われても、そこは北海道。寒さも雪もまだまだ続くと言う頃の地震でありますから大変だろうと思います。

と言うか、この地震で東日本大震災発災時を思い出してしまいました。

あの時も「本格的な春」を思わせる様な天候だったのですけど、発災後、その夕方から天候が変わり、夜に雪が降り、翌朝は一面雪景色。気温も氷点下でありました。大きな地震が発生したばかりでありましたから、ストーブを焚く気にもなれず・・・余震での火災を心配し・・その夜は本当に凍える思いをして一夜を明かしました。

その様なことを今回の北海道での地震で思い出してしました。

そして、以前から言われていましたけれど、この地震で北海道全域で二度目の「ブラックアウト・・大停電」にならずに良かった、と本当に思います。


さて、話が変わりますけれど・・・・


韓国人 「5.18の写真を見た日本人の反応」


・・・というリンク先の記事を見ました。

日本では「韓国、光州民主化運動」として広く伝えられ、かつその民主化運動に対して当時の韓国政権は軍を動員し一方的に弾圧した、と言われていますけれど、リンク先の記事を拝見しますと「内戦状態」だったことがわかります。・・・普通のデモ隊?が、どこから重火器を調達したのでしょうかね?・・・

まあ、この事件があった当時、日本の既存メディアは「民主化運動VS韓国軍事独裁政権」「韓国に民主化を」という感じで報じていた様に記憶していますし、当然「韓国の民主化運動=絶対の正義」という論調であった様に記憶しています。

もう少し言えば、今現在もそうでありましょうが、暴力で持って「世の中を変える」というやり方を「是」とすることを、日本の既存の新聞テレビの一部にはあるのです。その様な「本心?」を多くの読者や視聴者に悟られない様に、見透かされない様に、巧妙な手法で「あった事実をなかったことにする」ということを行うのです。

ましてや、普通の方は日々の暮らしに追われていますから、既存の新聞テレビが報じることに対して「考える」ということが中々できません。そこを連中は突いてくるのですね。


アメリカのアリゾナ州にあるグランド・キャニオン国立公園は、コロラド川による浸食で作られた巨大な峡谷のグランド・キャニオンなどの雄大な自然を有しており、世界遺産にも登録されています。そんなグランド・キャニオン国立公園の博物館内に、核燃料としても使用される放射性物質のウランが入ったバケツが長年にわたり放置されていたことが判明しました。

この事実はグランド・キャニオン国立公園の安全衛生管理マネージャーのElston Swede Stephenson氏が、国立公園の従業員および新聞社のArizona Republicに対して「博物館内の人々が放射線にさらされていた」と告発する電子メールを送信したことで明るみに出ました。ウラン鉱石が入ったプラスチックバケツは全部で3個あり、博物館内には一般のツアー客が訪れることもあったとのこと。Stephenson氏によると、博物館のプレゼンテーション中に子どもがバケツの近くに座っていたこともあったそうです。

バケツのふたは閉じられていなかったそうですが、今のところウラン鉱石に近づいた人が危険にさらされていたのかどうかについては判明していません。単にウラン鉱石のすぐ近くにいたからといって、安全でない量の放射線を浴びたとは考えにくいと、ニュースメディアNPRのライターであるLaurel Wamsley氏は述べています。


北アリゾナ大学の化学・生化学教授のJani Ingram氏は、ウラン鉱石が研究に使われることは少なくないものの、通常は金属製容器の中で厳重に密閉されていると指摘しています。「ウラン鉱石によって健康被害が出るのかどうかは、鉱石が発する放射線量と鉱石に近づいていた時間によって変わってきます。『ウラン鉱石の近くにいた子どもは5年以内にガンになってしまう』と言うことは誰にもできません」とIngram氏は述べていますが、放置されていたウラン鉱石が懸念事項であることは間違いないとしました。

【博物館に放射線を放つウラン鉱石が入ったバケツが10年以上放置されていた】より抜粋


詳しいことはリンク先で全文を・・・


放射性物質の「管理」という点から考えれば、「杜撰」「適当すぎる」としか言いようがありませんけれど、この様な話を知って・・・東日本大震災発災の年に、東京世田谷で高い放射線量が検出され、その発生源は民家の床下にあったビンの中にあった「放射性ラジウム」であった。という事象を思い出した。


世田谷放射能騒動 92歳女性は健康だったが驚くことではない


まあ、この様なことを記すと「キューリー夫人が〜」「夫人の夫が〜」という方もいよう。しかし、キューリー夫妻が放射線の影響で病になったのは、当時は人体に及ぼす高放射線の影響がよくわかっていなかったことと、夫妻らは引用記事ケース、またはリンクさせた世田谷の件とは比較できない形で、高線量を発し続けている放射性物質に長時間、しかも直に接し続けたからである。長年に渡り素手で触り続けていたらしい。