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 それに広河氏の仕事の全否定は、広河氏がこれまで闘ってきた“権力” 側の「思う壺」であり、彼らを利し、増長させることになる。
 一例を挙げるなら、福島の原発事故の後、「安全神話」のもとで原発再稼働を強行しようとする国や東京電力に対し、広河氏は被曝の深刻さと危険性を詳細な調査報道を通して伝え、警鐘を鳴らし続けてきた。もしそんな重要な仕事をもこの「性暴力」報道のために全否定するなら、いちばん喜ぶのは国や東京電力など“権力”側だ。
 社会活動家として広河氏が立ち上げた「チェルノブイリ子ども基金」による現地施設や「NPO法人沖縄・球美の里」もこの問題で見放され、そこで救われてきた、またこれから救われるべき子どもたちも見捨てられていいのだろうか。


面白い「弁明?」「詭弁?」と思う。

だって、いわゆる「パヨク・左翼」「社会問題に取り組む」「社会正義を掲げる」「弱者に寄り添って」等々を掲げ、大きな声で喚く方々の多くは、戦前の日本、または戦後の日本の行なってきたことに関し「権力者は大義のために多くの人を・・」「国家天下のためならば些細な悪事をも蔑ろにしてきた」と糾弾してきたはず。

ところが、自分たちの「仲良しクラブ」の「クラブ員」の「不祥事」に関しては、その糾弾してきたことをまんま行おうとしている。

もう少し言えば、この引用文を記した様な方々が、いわゆる「新聞テレビ」等にも影響を与え、過剰な、いや異常すぎる「価値観」を社会に植え付けてきた。

例えば、小学校や未就学の子供達の安全ということに関し、あまりにも過剰に対策を取るものだから、子供達の周りにいる大人たちが、子供達が危険な行為、または危険なことに巻き込まれようとしているときに、見て見ぬ振りをするということで、大人たち自身の身を守っている。だって「良かれと思って行なった」ことが「子供を連れ去ろうとした」「子供にいやらしいことを目的とした」と新聞テレビは大騒ぎするんだもん。バカな価値観に毒されたバカ親も大騒ぎするしね。


これなどは、引用文の様なことを記した「バカ」たちの社会啓蒙活動による成果。


これじゃ、いくら「学校側」や「行政側」が「子供たちを見守ってください」、目の前で子供達が子供達だけで危険なことをしようとしていることを見たならば「子供達に一声かけてください」と言っても・・・やりゃしないし、知らない子供に関わり合いたと思うわけがないじゃん。


ともかく、いわゆる「パヨク・左翼」というのは、他者様に対しては「尤もらしい」ことを喚き、他者様を「これでもか」と死者が出るまで責め立てるのに、自分自身・自分たちを「省みる」「鑑みる」ということが本当にできないのだ、と引用文を読んでつくづく実感したよ。


おまけ


【私は、失望することのほうが、オカシイと感じた。人間的な共産(社会)主義なんて、ありえようはずがないのである。スターリンのほうが、よほど首尾一貫している。バカなのは、そういう社会が実現可能だと信じていた良心的なインテリたちである。私が真の共産主義者ならば、彼らのような人間は社会に害毒をおよぼす人種と断じ、粛清でもなんでもして、消してしまったであろう。政治的センスのない良心的な人々が、政治に口をだすことほど害なものはない。とくに、それらの人が、社会的名声など持っていたりすると・・・・、とソ連の支配者が思ったとしても、あの国の政体からすれば、当然ではないかと思う】
塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から全体主義についてより抜粋引用。


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