FC2ブログ

読売が面白い記事を書いている。
 
 
 
原発すがるしか・いい加減だ…東通活断層で地元
 
  原子力規制委員会の専門家会合は東北電力東通原発の敷地内に活断層があることで一致し、同原発は再稼働の見通しが立たなくなった。
 
 青森県東通村の経済の将来に不安が広がるとともに、一度は安全とした国の判断と真逆の結論に向かっていることに関係者からは不満の声が上がった。
 
 東通村の越善靖夫村長は「私は東北電力の活断層ではないという主張を信じている」とした上で、原子力規制委員会の委員が国会同意を経ずに決まったことを指摘。「同意を得てから、調査すべきだ」とぶぜんとした表情で語った。
 
 教育に力を入れる村は、村負担で教員を採用し、小中学校で1クラス25人程度の少人数学級を実施する。原発の再稼働や新設が認められなければ、原子力マネーで支払ってきた人件費などが重くのしかかる。村経営企画課の坂本茂樹課長は「最悪の場合、村独自の取り組みはあきらめざるを得ない」と危機感をにじませる。
 
 原発近くに住む元村議(72)は「出稼ぎをなくせると思って原発を誘致したが、東京電力福島第一原発事故後、若い人たちがまた出稼ぎに行くようになった。村は吹けば飛ぶような業者ばかりで、原発にすがって仕事をするしかない」と肩を落とす。
 
 「2日間、調べただけで、前と大きく結論が変わってしまうなんて、地震学というのはそんなにいいかげんな学問なのか」――。県幹部は専門家チームへの不満をぶちまけた。
 
 東北電は1996年に1号機の設置許可を申請する際に、専門家チームが活断層と指摘した「F―3」と「F―9」断層のトレンチ調査などを実施し、活断層ではないと判断。国も現地調査をした上で了承した経緯があるからだ。
 
 両断層は東北電1号機の建屋直下にはないが、建屋から最短約200~400メートルの位置にあり、活断層とされた場合、断層の長さや引き起こされる地震動の規模の調査が必要だ。1号機は最大の地震動の加速度を450ガルと想定しているが、これを超える場合などは耐震設計の見直しとなる。専門家からは「M7を超える地震もある」(金田平太郎・千葉大准教授)との指摘もあった。
 
 反原発の立場の「下北の原発・核燃を考える会」の櫛部孝行代表は「専門家が活断層という意見で一致したからには、廃炉という方向にもっていくべきだ」と語気を強める。
 
 ただ、遠田晋次・東北大教授(地震地質学)は「断層が震源までつながる深いものか、数メートル、数十メートルの浅いものかが重要。建屋などにどれぐらい影響があるかが判断されるべきで、ちょっとしたずれで稼働がすぐ駄目になるという論調はおかしい」と指摘する。
 
 1号機の南側に建設予定の2号機はF―9断層から数百メートルの距離。F―3断層は1号機の北側に建設中の東京電力東通原発の敷地にも延び、同原発との最短距離は20メートル。両断層が活断層であれば、2基の原発にも影響が及ぶ可能性がある。
 
 また、専門家からは「(下北半島沖に延びる)大陸棚外縁断層は12、13万年前以降は活動はないと言われるが、再検討の必要がある」(粟田泰夫・産業技術総合研究所主任研究員)などの指摘もあり、「活断層問題」が使用済み核燃料再処理工場などにも飛び火しかねない情勢だ。
 
 仮に再処理工場が稼働できないことになれば、売上高約3000億円の県内最大級の企業に暗雲が立ちこめる。また工場に既に運び込まれている約3000トンの使用済み核燃料の処置も問題となる。
 
 ある下北半島の首長は原子力規制委員会の調査に不信感を募らせる。
「原発を止めるための調査のような気がしてならない」
 
(2012年12月22日19時17分  読売新聞)
 
原発の善し悪しは置いておく。
 
注目すべきは【ただ、遠田晋次・東北大教授(地震地質学)は「断層が震源までつながる深いものか、数メートル、数十メートルの浅いものかが重要。建屋などにどれぐらい影響があるかが判断されるべきで、ちょっとしたずれで稼働がすぐ駄目になるという論調はおかしい」と指摘する。】の部分だろう。
 
要は、諸説あり「原子力規制委員会」の学者センセ、専門家の説が「絶対」「正義ではない」と言う事である。
 
そして多くの方が「活断層ナンタラ」に関して指摘しているが、原発以前に、活断層の上に建物を建てられない、と言う事になれば、日本に人は住めなく成る。

スポンサーサイト



脱原発こそ対米自立への第一歩。昨日は「江古田哲学研究会」の予定だったが、予定を急遽変更、霞が関経産省前の「脱原発テント」前の「原発推進・再稼動=自民党政権打倒デモ」(橋本クミ代表)に参加。橋本クミさんが「未来の党」の選挙結果をふまえて、「脱原発演説」を開始。僕もマイクを握り、「脱原発こそ対米自立への第一歩」と叫ぶ。途中から三宅雪子前衆議院議員も参加。三宅雪子さんが、衆議院選挙敗戦にたいする「お詫びの演説」、そして「ガンバロウ」コール。その後、国会議事堂前へデモ。国会議事堂前の歩道の一郭を借りて「街頭演説会」。デモ参加の一般市民も続々登壇。僕の体内でも、新しい何かが生まれ、何かが始まったようだ。「闘う君の歌を、闘わない奴等が笑うだろう・・・ファイト!」(中島みゆき)。
 
------------------------------------
 
あるブログの引用なのですけど、原発の善し悪し、対米自立の善し悪し、そして小沢個人の善し悪し、以前に、この様な感覚に辟易するんですね。
 
これじゃどう観ても、社民党的というか、カルトですよ。
 
 
 
そして、小沢一郎と言う人物が政治家として何を行いたいのか?権力者に成りたい事は間違いないでしょうけど、権力者になって広義の意味で何を行いたいのか?これが私には理解出来ない。
 
まあ、自民を出てから、アッチふらふら、コッチふらふら、と言うのが事実だったのですから、頭の中身がヘンチクリンな野郎と権力の上でふんぞり返りたいだけの野郎だけが彼の回りに集うのも頷けますけどね。
 
追記
 
で、少し思ったのですが、あれだけ騒いでいた「エネシフ」はどうなったのでしょう?
 
【エネシフ】
http://www.sustena.org/eneshif/
 
このURL先に行っても、もはや休眠状態・・・いや「エネシフ」が「未来の党」に化けただけでしょうけどね。

 

http://twitter.com/masaru_kaneko

 

最近じゃ、その顔を観る事も中々叶わない様な感じでありますが、この方も一様に「経済学者」だったんですね〜・・・

 

まあ、以前からその発言は「経済学者」と言うよりも、「活動家」でしたけどね。

 

で、何度か引用している文章ですけど・・・・

 

 

塩野七生著 新潮文庫刊 『ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち[三]』 より

 

【カバーの金貨について

 

 他の職業人に比べて政治家が非難されやすい理由の一つは、政治とは誰にでもやれることだという思いこみではないだろか。例えば、ピアノのコンクールでは、審査員は有名なピアニストが担当する。いかに音楽を愛していても、単なる愛好家には、票を投ずることは許されていない。それなのに政治となると、選挙では誰もが一票を投ずる資格をもつとされている。でないと、反民主的と非難される。ということは、民を主権者とする政体とは、政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム、と言えないであろうか。

 となれば政治家にとっての死活問題は、政治のシロウトたちの支持を獲得することになる。知識はあっても政治を実際にやったことはないという点で、学者も評論家もメディアもシロウトに属す。政治家が挑戦すべきなのは、政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得するという、高等な技なのである。クラウディウス帝は、この放れ技に失敗したのだった。何によって?それは読んでお楽しみ、と言っておこう。】

 

そしてね、ミンスが何故大敗したか、と言うのは、選挙で選ばれた筈の「政治のプロ」を装った「政治のド素人」だったから、と私は思いますがね。

 

そして、その偽装を積極的に行ったのが、この様な「ナンタラ学者センセ」と称する、所謂「知識人」や「既存の大メディア」ですね。

 

だから、大敗して・・・

 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm19630103

 

URL先での様な事が言われるんですね。

 

しかし既存大メディアも節操がないね〜・・・