もう、亀井さんは最高だ!面白すぎだ(笑)亀井さんが行おうとしている「平成の徳政令」は、まさしく「友愛精神」だろうね(笑)

 

ナンカもう、「友愛」という言葉が独り歩きしちゃって、大変なことになりそうな予感。

 

辞書等に記載されている意味で言えば、友愛は、亀井さんの言う通りなんだけど、だけど現実的には現政権は税金の無駄を省くと言っている。しかも、いま税金を投入されている事業、政策を根本的に見直し精査するといっている。ところが、各大臣たちは各々好き勝手なことを言い出し、その火消しに民主党の政策通と称する議員たちがテレビに出て屁理屈と弁明に終始している。挙句、いつぞやの総理大臣ではないが、「何せ我々は、初めて政権についたもので・・・」と言い訳にもならない言い訳を言う始末。

 

以前も書いたけど、国民にとっては、前政権だろうが新政権だろうが関係ない話で、前政権からの政策や事業は新政権にも何の滞りもなく引き継がれていると思っている。というより、新政権になっても、目に見える日々の生活はなんら変化もなく過ごせるものと多くの国民は思っているはず。ところが、現政権は違うんだ。政権が代わったんだから国民生活も今直ぐに劇的に変わるべきだ、と言う考えなんだ。そんなことは無理だ。災害や戦争でも起きない限り無理な話だ。だから現政権の拙速すぎる政策の大放出は現実的じゃないと以前から言っているんだ。

 

考えてみろよ。約60年だ。この間自民党政治が日本で行われていたんだ。先述べしたように災害とか戦争でも起きなければ、この間に積み重ねてきた国民生活は、価値観は中々変われないんだ。ここのところが現政権はわかっていない。それを短期にかつ劇的に変えたいというのなら、後は暴力的手段に訴えるしかない。早急に憲法でも改正し、自衛隊と警察を党の私兵集団にして、国民に自分たちの理想でも理念でも政策でも、暴力的な恐怖を伴って強制的に押し付けるしかない。この方法が一番手っ取り早くある意味現実的な手段だ。そのときの言い訳として、この様な政権政党がよく使う「国民が望んだことだから」とでも言えばいい。それで決まりだ。選挙で民主主義のコンセンサスは得ているのだからね。

 

 

塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から凡なる二将より抜粋引用。

 【イタリアの元首相、アンドレオッティの言である。「権力は、それを持たない者を消耗させる」】

 

塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から全体主義についてより抜粋引用。

【コンセンサスを、ヒットラーもムッソリーニも、昨今の民主主義体制よりはよほど享受していた時期があったことを、忘れてはならないと思う。そして、全体主義下ではなぜか文化が花開かないかは、文化史上の問題だけではないということも】

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鳩山総理が元学者と言うことは承知していたが、何の学者なのかは知らなかった。あるブログを訪問したら何を専門に研究していたかがわかった。鳩山総理は「経営工学」と言うのを研究していたらしい。

 

研究していた詳しい内容はわからないが、経営に工学と言うのがつくくらいなのだから、非常に論理的にかつ数学的に経営について探求されたのだろう。しかし、政治家としての彼の発言・主張は非論理的であり情緒的であり意味不明なことばかりで、とても学者らしからぬ言動が目立つ。現実を踏まえかつ実践的な政治家では無いことは確かなようだ。多分、彼のお父上や祖父である鳩山一郎氏は、彼を政治家にはしたくはなかっただろう。政治家としても企業の経営者としても三流以下と見抜いていたかもしれない。

 

その様な首相が率いる現政権は、政権発足まもないというのに、次から次へとトンデモ政策を出してくる。それが幾ら国民との約束と言っても呆れてしまう。これも机上の空論の世界にいた者だからこそ為せることなのだろう。

 

ともかく彼は、現実の世界で彼が思い描く理想の世界を実験しようとしてることは確かだ。現実の世界に生きる現実的な経営者は経営の実験などしない。いや出来ない。そんな余裕は無いし、現実世界で経営の実験をし「実験は失敗しました」という言い訳が出来ないことを、通用しないことを重々承知してる。そんな言い訳をした途端、袋叩きにあうことも重々承知している。そして、そんな言い訳をしても責任を取れない、果たせないことを知っている。ところが、経営工学を研究してきた現総理は経営・運営を失敗したら責任を取ると意図も簡単に明言している。彼とすれば、国会議員を辞すれば、責任を取った、果たした、と簡単に思っているのだろう。もう「暗愚」としかいえない。

 

現政権が行おうとしていることは、一人の国会議員が議員職を辞したからといって責任が取れるようなものではない可能性がある。結局その責任、負債は国民が取り被ることになる。

 

世間知らずの金持ちのボンボンの玩具が日本と言う国とそこに暮らす国民なのだ。しかもその玩具を世間知らずの金持ちボンボンに与えたのが国民なのだから始末に負えない。

 


それと、公明党が臨時国会で在日外国人地方参政権付与法案を提出するそうだ。詳しくは『よもぎねこ さん 』のブログ【公明党外国人地方参政権法案を臨時国会に提出の予定 】を読んでみて下さい。公明党の異常性も承知していたこととはいえ、本当に変わり身の早い政党であることを実感する話だ。ついこの間まで、政権与党に組し、自民党とともに現政権与党である民主党を批判していたというのに・・・まあ、ここら辺も政治といえば政治なのだが・・・しかし何故日本にはヘンテコリンな政党ばかりが多いんだ?国民政党と呼べる政党が何故自民以外に育ってこなかったのだろう?

世の中本当に流動的と言うか、現金な物と言うか、先日まであれほどまでに「酒井法子被告」に関する報道をテレビマスコミは行っていたかと思ったら、今では「酒井法子って誰?」と今まで一度も酒井被告のことを報道をしたことも無いかのように「鳩山政権マンセー」ばかりがテレビ画面から流れてきている。しかも、首相夫人の服装がドウタラ、人柄がドウタラ、政策のことなんか二の次三の次で・・・ハッキリいってくだらないの一言。

 

まあ、このことが良いか悪いかは別にして、選挙期間中なんかは、どんな力が働いたのか知らないけど、選挙に関しての報道がほとんど行われず、酒井被告のことばかり・・・以前はこれでもか、と選挙報道をしていたのに・・・やはり、疑っちゃうよね。

 

八ツ場ダムのことだって、温暖化ガス削減の話しだってそうだよね。選挙前からこのことは民主党マニフェストに書いていたはずなのに、テレビ報道を観ていると「突然降って湧いたかのような報道振り」なんだよね。

 

「チョット待ってくれ!」と思わず言いたくなる。

 

だったらば「民主党が政権を得たならばこのように成る」と言うことを詳しく報じてても良さそうなものを・・・臭いものには蓋じゃないだろうけど、民主党の玉虫色の部分しか報じなかったからこんな混乱が起きてるんじゃないの?とテレビマスコミに言いたくなる・・・ここら辺が既存のメディア、特にテレビに関して多くの人が不信感を募らせる最大の原因なんだろうね。

 

貼り付けた動画でもいっているけど、もうテレビは「私どものテレビ局は〇〇党支持です」「全体主義支持です」と堂々と宣言しちゃって、偏った報道に徹したほうがいいよ。その方が、情報の受けて側は情報の選択肢が広がるしね。いや、政党を選ぶときの選択肢かな?

 

【三橋貴明】マスゴミ崩壊-捏造報道の原因はマスメディアの産業構造

民主党政権というか、現連立政権に物凄い不信感を持つのは、前原国交相のような態度だ。

 

川辺川ダムの代替策は国・地元協議会で 前原国…】 

 

これ、無責任すぎやしないのか?これでは丸投げじゃないのか?まずは政権与党から「なぜ中止なのか」「なぜ反対なのか」「その代替案はコレコレで・・・」と誰もがわかりやすい形で提示すべきじゃないの?

 

確かに先の総選挙では現連立政権に対し淡い期待を込めて、自民政治の弊害を打破してくれ、と国民・有権者は現連立政権に権力を与えたのだろう。

 

だけど、多くの国民は、政権が代わろうが代わるまいがあくまでも政府は政府、行政機関は行政機関であって、以前の政権が行った政策だろうが現政権の行った政策だろうが、その行政責任、政策責任は政府・行政機関にあると思ってるはずだ。そうでなければ、選挙での政権交代という平和的で民主的な制度は維持できない。いや、国家運営など出来やしない。ところが現政権は「の政権が行ったことだから、俺たちには関係ない。すべての責任は前の政権にある」と言わんばかりの態度。国民をバカにしすぎていないか?この様な態度を取られたら、国民はどこへ行政上の諸問題を相談すれば良いんだ?

 

民主的な政権交代・権力の移譲とは、国民生活が混乱せずに、支障をきたさずに行うのが本当じゃないのか?これでは、民主的な政権交代が行われたとは決していえない。

 

ともかく、現政権はあまりにも無責任過ぎる!!!と今の時点では断言できるだろうね。

 

先日アップした「星のある風景もどき 7 」の続編と言うわけではないのだが、天守と星空の画像では、外灯の光が強烈過ぎてヘンテコリンな画像になった。そこで、外灯の光が弱い状態だと、このように写るという例を・・・この画像も、先日アップした「星のある風景もどき 7 」の画像と同じ日に撮影した。

 

 

外灯の明かりで浮かびあがった赤い橋が幻想的に見えて、これを含めた星空の画像を撮影しようと思って撮影した。

 

 

もう少し秋が深まれば、写っている木々の葉は赤く染まる。そのときにもう一度撮影したいと考えている。多分、桜の季節でも幻想的に見えるだろう。

 

 

なお、この撮影位置の後ろには天守閣がある。撮影位置からは石垣が邪魔をして見えない。が、橋を渡れば天守閣の最上階の部分が見える。しかし、強烈な外灯の明かりのためにお城と星空を写すことは非常に厳しい。

おら・オラ・U-Tanさんから「リクエストしてええですか?いつぞや、お城のライトアップありましたよね。あのお城と星もし?機会があらばお願いいたします。我侭言うてすみません・・・。」と言うコメントを頂いた。

 

 

そこで、リクエストにこたえるというわけでは無いのだが、先日撮影してみた。

 

 

お城のライトアップの灯りが消えてから撮影をしたのだが、防犯上のこともあって外灯が煌々と点った中での撮影となったため、ライトアップ時となんら変わらない画像になってしまった。

 

 

九月も半ばを過ぎ、夜空も秋の装いになりつつある。貼り付けた画像は、時間的に午前1時前後から撮影した画像。「すばる?とオリオン座?」が確認できるだろうか?

 

私は星空の画像をよくアップするが、星座名や星の名をよく知らない(笑)

 

場所にもよるだろうが、私が住み暮す場所ではこの時期でも、午前4時くらいまでが星空を撮影するには時間的限界で、この時間を過ぎると夜空が白けてきて、星空を撮影することはできなくなる。

 

 

 

 

 

鳩山総理が公言し目指す「友愛」「友愛政治」「友愛社会」は、彼の主張を聞くとトマス・モアが書いた「ユートピア」を想起してしまう。そこで、「ユートピア」をWikipediaで調べてみた。

 

Wikipediaからの引用


ユートピア(utopia、理想郷)は、イギリスの思想家トマス・モアが1516年にラテン語で出版した著作、また同書に出てくる国家の名前。「無可有郷」とも。

 

ユートピアは現実には決して存在しない理想的な社会として描かれ、その意図は現実の社会と対峙させることによって、現実への批判をおこなうことであった。

 

ギリシア語のοὐ ou(ない)、τόπος topos(場所)を組み合わせ「どこにもない場所」を意図とした地名と説明されることが多いが、記述の中では"Eutopia"としている部分もあることから、eu-(良い)と言う接頭語もかけて「すばらしく良いがどこにもない場所」を意味するものであったとみられている。

 

ただし、「ユートピア」という言葉を用いるときには時に注意が必要である。現代の庶民が素朴に「理想郷」としてイメージされるユートピアとは違い、トマス・モアらによる「ユートピア」には非人間的な管理社会の色彩が強いためである。

 

なお、反対語はディストピア。

 

モアの著作の正式名称は、De Optimo Reipublicae Statu deque Nova Insula Utopia(『社会の最善政体とユートピア新島についての楽しく有益な小著』)という。

その内容は、

第1巻
第2巻、
「手紙」
の3部で構成され、「第1巻」はユートピアに行った男の話、「第2巻」は作者によるユートピアの様子のまとめ、そして「手紙」は作者がある友人に送った私信という体裁を取る。「手紙」では、ユートピアについて作者がこれまでまとめたことへの違和感と共に、友人に対しユートピアへ行った男に連絡して真意を問いただして欲しいと依頼して終わっている(これは、岩波文庫版(ISBN 4003220218)の解説によれば、この話がフィクションであることの強調と共に現実社会の批判を和らげる意図があったという)。

ユートピアは500マイル×200マイルの巨大な三日月型の島にある。元は大陸につながっていたが、建国者ユートパス1世によって切断され、孤島となった。島の中の川はすべて改造されまっすぐな水路とされ島を一周しており、その中にさらに島がある。この、海と川で二重に外界から守られた島がユートピア本土である。ユートピアには54の都市があり、各都市は1日で行き着ける距離に建設されている。都市には6千戸が所属し、計画的に町と田舎の住民の入れ替えが行われる。首都はアーモロートという。


ユートピアでの生活は、モアより数世紀後の概念である共産主義思想が提示した理想像を想起させる。住民はみな白くて美しい清潔な衣装を着け、財産を私有せず(貴金属、特に金は軽蔑され、後述する奴隷の足輪に使用されている)、必要なものがあるときには共同の倉庫のものを使う。人々は勤労の義務を有し、日頃は農業にいそしみ(労働時間は6時間)、空いた時間に芸術や科学研究を行うとしている。

しかし、実際には着る衣装や食事や就寝の時間割まで細かく規定され、市民は安全を守る為相互に監視しあい、社会になじめないはぐれ者は奴隷にされるなど、現在の視点から見れば理想郷どころかディストピア(逆理想郷)とさえ言える内容となっている。そして実在した(する)共産・社会主義国の実像そのままである。


Wikipediaには記載されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2

 

民主党にはこのトマス・モアが書いた「ユートピア社会」を本気で実現しようと誇大妄想を抱く勢力がいる。連立を組んだ社民党も同様だ。我々は、トマス・モアが描いた様な社会の実現を望んで民主党に権力を与えたのだろうか? 

 

 

閣僚記者会見 千葉景子 『人権擁護法案で日本を暗黒社会にします』


 

労働組合にも色々あるようで・・・貼り付けた動画、勉強になります。

 

昨日の鳩山新総理就任記者会見で、鳩山新総理は「この国を本当の意味での国民主権の世の中に変えていかなければならない」と言っていたようだが、民主党が押し進める「在日外国人参政権付与」の話や「東アジア共同体構想」は、鳩山総理が記者会見で述べた「この国を本当の意味での国民主権の世の中に変えなければならない」に反することになるのではないのだろうか?

 

 

参政権は国籍を有している者の権利だ。その権利を国籍を有さない者にも拡大するということは「国民主権ではなくなる」と私は考えるが・・・「東アジア共同体構想」も同じで、「本当の意味での国民主権の世の中」にはならないはずだ。

 

 

「在日外国人参政権付与」の話を、「マニフェストには明記していなかったが、以前からの約束だから」「選挙で我々はコンセンサスを得てる」といって強行に推し進めたら、それこそ民主党が今の今まで批判してきた自民党政治となんら変わらなくなる。国民主権を脅かすような「在日外国人参政権付与」を民主党政権が強行・強硬に推し進めらるようならば、自民党政治よりも最悪な政治・政権になるだろう。

 

  

 

塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から凡なる二将より抜粋引用。

 【イタリアの元首相、アンドレオッティの言である。「権力は、それを持たない者を消耗させる」】