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このリンク先のTweet、興味深い。

いや、リンク先に添付されている画像を拝見すると、夏の怪談話より背筋が寒くなる。

ともかく、盲信する思想信条等が過激になると、リンク先で記されていることが「当たり前」と言う社会になる。

しかも、特定の外国籍に阿った法律を制定したものだから、違法行為も「絶対の正義」となってしまう。


そして、何かと言えば「戦前に戻る〜」「軍靴の音が〜」「人権が〜」「差別が〜」と喚くバカが多いが、今存在する何処かの国の様に「密告社会・監視社会」に日本をしようとしてるのが、「戦前に戻る〜」「軍靴の音が〜」「人権が〜」「差別が〜」と大騒ぎしている側であることがよくわかる。

しかも、「戦前に戻る〜」「軍靴の音が〜」「人権が〜」「差別が〜」と大騒ぎしている側だけが、日本を好き勝手にできる様にしたいことがよくわかる。

これでは、いくら「差別は良くない」と喚こうが、特定の外国籍の人間は日本から出て行け、と言う大きな反動となる。




関係ある様な、ない様な追記

“次世代の盆踊り”は会場が無音…イヤホン装着して踊る『サイレント盆ダンス』 騒音問題などなし
8/11(日) 12:30配信

 金沢市のタテマチストリートで10日夜、音が流れないユニークな盆踊り「サイレント盆ダンス」が行われました。

 金沢市のタテマチストリートで昨夜行われたのは一風変わった盆踊り「サイレント盆ダンス」。参加者は配られたイヤホン付きの携帯ラジオを装着し、そこから流れる音楽を聞いて踊るため会場には一切音が流れません。

参加者:
「楽しいです。耳で音が出ているので不思議な感じはしなくて、普通に盆踊りをする形でやっています」
「初めてやって必死だけど楽しいです」

 このサイレント盆ダンスは騒音問題などに発展することがない次世代の盆踊りとして注目を集めていて、全国的に広がりつつあるということです。



引用記事の様な事を「手放しでスンバラシイ」「新しい」とはしゃいでいるのは、ほんと馬鹿としか言いようがない。

極端な事をこの話に合わせて言わせてもらえば、花火大会の音がうるさい、オリンピック会場から漏れてくる音がうるさい、と言うことになったらどうするんだろ?

その音を完全に消すのかね?消すことが可能なのかね?

もう少し言えばさ、全国的に有名な福岡(博多ドンタク)、京都(祇園祭)、東京(江戸三大祭り)に関して、あれは騒音だから、と言われたらどうするね?

福岡、京都、東京の方々は「無音で祭りを行う」とするのかね?


ともかく、この話も日本の文化とか伝統、歴史と呼ばれるものを、先に記した事と同じで、一見尤もらしい事を言って(難癖つけて)潰そうとしているバカが多いのだろうと思う。

その様なバカが跋扈する社会を「暗黒社会」「恐怖社会」と言うのだよ。


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昨日エントリした「あいちトリエンナーレ」のことで、渦中?の人物が記者会見を行ったそうで・・・それを伝えるネットの記事を拝見したのですが・・・



展示の趣旨から離れて政治問題に

津田氏は、展示に対する批判に対しては「たくさん批判の電話がくることは予想していたが、予想を超えていた部分があるということは事実」とした。

展示が始まった8月1日の午後9時までだけで、電話での抗議が約200件、メールが約500件来ており、2日も1日と同数ほど来ている状態という。

抗議の電話は1日の午前は少女像に関するものが大半だったが、その後、昭和天皇の写真を燃やしているような動画作品などに対する抗議と半々くらいになったと説明した。

その中で津田氏は「自分が抗議の電話などに全て対応できれば良いのですが、事務局が対応しており、職員たちが精神的に耐えられないほどの状態になっている」と状況を話した。

対応した職員に対し「お前は誰だ。名前を名乗れ」と罵るような抗議電話が多いという。「公務員には一般的に、名前を聞かれたら答えなければいけないことから名前を答えるが、職員の個人名がTwitterなどにあげられるなどの事態も起きている」と話し、懸念を示した。展示とは関係のない愛知県の他の美術館にも抗議の電話がいっているという。

批判は予想していたとした一方で、「韓国のメディアでも報道され、菅官房長官や政治家も言及している。展示の趣旨から離れて政治問題になってきている」と、県や実行委員会側と対応を検討している理由を話した。

【「平和の少女像」撤去の可能性も 県や実行委と調整へ 津田氏「批判する人にこそ見てほしい」】より


・・・呆れ果てましたね。

渦中の人物と、そしてリンク先のネット報道?を行っているところと、同じ様な思考?思想?主義?を持つ新聞社が、不思議な事に「大変な事になる」と警鐘を鳴らすかの様なことを報じていたんですけど・・・


◆美術の論理示せるか
<「情報社会の情念-クリエイティブの条件を問う」などの著書がある美術批評家・黒瀬陽平さんの話> 公立美術館では、ほとんど前例がない美術展。だが規制にもいろんなレベルがあり、すべてを「表現の自由」でくくるのは、危険な面もある。規制された作品を集めただけでは、スキャンダリズムと変わらない。公共施設や公金を投じた事業である以上、市民の疑問やクレームに答える義務が発生する。作者や主催者が美術としての論理や価値をしっかり示すことができれば、成功したと言えるだろう。

【<くらしデモクラシー>あいちトリエンナーレ あすから「不自由展」 「政治性」で規制の作品】より



その様なことへは、全く考えが及ばなかった、としか思えんのですが・・・・どうしようもない「アホ」でありますねぇ〜・・・

ましてや、公金、すなわち日本国民が納めた税金を使う形になっているわけですから、抗議・苦情がものすごく多く寄せられることを想像もできないとは・・・どうしようもない「アホ」どころか、アホを通り越していると思いますよ。


なおさ、如何に「芸術だ」「表現の自由だ」と詭弁を弄そうとも、渦中の人物と、その人物を持ち上げた側には「政治」があったはずで、それを「ナンタラの自由」で済まそう、いや「逃げ切ろう」としている、その胸糞悪い姿勢を、多くの人はそれこそ感覚的な嗅覚で嗅ぎとったんだよ。

そして、その様なことも想像ができなかった為政者・・すなわち県知事・・は、政治家失格としか言えない。


国の成り立ち、宗教観の違い等々があるために、これが「そうだ」ということは言えないが、次の動画の「戴冠式」というのは、非常に宗教色が強い、というか、王位に就く、または帝位に就く、というのは「神からも国民からも祝福を受ける」というところがあり、かつ儀式を行うことによって「国内外」に対し知らしめることになるのである。




戦争に負けた、ということがあるにせよ、日本はこの様なことまで「違憲だ〜」「政教分離が〜」と大騒ぎ。

ならば、何故憲法改正をしよう、という話にならないのか本当に不思議である。

確かに、よく言われる「大権」とか「国体」ということがあって、その様なものが「暴走」することもあるのかもしれない。しかし、その様な暴走が始まるのは、大概「大権」とか「国体」等々を利己的に政治利用する側にあるのである。

現に、宗教などはその典型で、神の名において、と宣えば、虐殺も許される。

そして、人間面白いもので、その宗教色を排した国なども、政治的思想信条や指導者を「神のごとく」扱い、その思想や指導者が命じれば、虐殺行為は「絶対の正義」となる・・・共産党や社民党などは、これ。

もう少し言えば、共産党的社民党的な方々は、それこそ自分たちに歴史や伝統がないものだから、異様に儀式的行為に拘りながら、歴史や伝統ある本物を貶すことしかできない。


世界に存在する「見えないドレスコード」を破壊した地方ニュースキャスターの話

・・・・ということを「告白」し、よく言われる?今流行りの?「自分らしさ」「これが個性よ」ということを出す方と、それに喝采を贈る方々もいれば・・

方や・・・


イスラム教徒 vs. LGBT:イギリスの小学校でマイノリティ同士の戦い勃発


・・・先のリンク先記事に出てくる様な方々に「子供の教育を任せられない」と抗議する方々もいる。

そして・・・

【批判的な人が多いですが全てのイスラム教徒にはイスラム教を広める責務があります 私はその責務を果たしているだけです】

・・・とTweetする方もいる。


織田・豊臣・徳川が、日本にて「政教分離」の考え方の先駆者と私は考えている。しかも、誰もが知ることができる「歴史」にてわかる様に、織田・豊臣・徳川は「凄惨」とも言えることをやり尽くし、宗教が政に口出しできない様にした。

これが、崩れ去ろうとしているのかもしれない。

なお私個人は、特定の宗教を個人が信仰し、それを個人的に布教する、という行為は否定しない。

ただ、無理矢理に、強引に「改宗しろ」「我々の信ずる宗教の教義を国の政策・指針にしろ」というのは「頂けない」と思っている。そしてこれは「宗教」だけに限ったことではなく、政治的意味合いの強い「思想」や「主義」に関しても言える。



追記

ニュージーランド銃乱射 寛容な社会規範の維持を

主張したいことは理解できる。しかし「見出し」に使われている「寛容」という言葉が、好きだよねぇ〜、と思ってね。

ネット上の辞書に「寛容」は・・・

【心が広くて、よく人の言動を受け入れること。他の罪や欠点などをきびしく責めないこと。また、そのさま。】

・・・と出ている。

ちなみに、「宥和」という言葉の意味も記しておく。

【対立する相手を寛大に扱って、仲よくすること。】


素晴らしい。私もこの様でありたい。

しかし現実は、様々な利害や思惑があるものだから、そう簡単に言葉通りにはならない。

ましてや、価値観等の物の考え方の根本が違うとなると、新聞テレビが垂れ流す「夢物語」「フィクション」の様にはいかない。

そのことは、それこそ歴史が証明している。例えば、「宥和政策」を取ったために「ナチスの欧州覇権」にお墨付きを与えてしまった、という例が・・・

そして、「寛容」や「宥和」となるまでには、先にも記したが「凄惨」ということをやり尽くさねばならない。残酷だけどね。

それ以前に、ニュージーランドで起きた惨劇や、その原因とされる移民がどうたらを出すまでもなく、日本の隣に「寛容」や「宥和」は絶対に無理、という事例があるじゃん。


ILO=国際労働機関は女性と仕事についての報告書をまとめ、管理職に占める女性の割合が世界全体では27%余りなのに対し、日本は12%で、先進国の中でもひときわ低くなっている実態が改めて浮き彫りとなりました。


ILOの担当者は「女性の機会や扱いを平等にすることにとどまらず、結果の平等を実現するための積極的な法律や政策が必要だ」と話しています。

【女性の管理職 世界全体27% 日本は12%】より


結果平等ねぇ〜・・・・

で、この引用記事とはチト違うのだが・・・・

炎上の女性誌広告「働く女は、結局中身、オスである」が残念な訳

・・・ということが、話題になっているのだそうだ。


完全に私個人としての「価値観?」「感想?」であるが・・・・引用記事もリンク先記事に記されている「働く女は、結局中身、オスである」というキャッチコピーに噛み付いる方々も、「本末転倒」としか思えないんですよね。

だってね、男だろうが、女だろうが、「管理職になりたい」と「大いなる野心?」を抱く方がいれば、その様なことに「興味がない」と思われる方だっているわけで、それを強制的に「増やせ」というのは、それこそ今大流行りの「多様化」とか「多価値観」という考え方に反すると思うのですよね。

そして、男社会がどうたら以前に、管理職というのは新聞テレビが垂れ流す様な、「カッコ良い」とか「おしゃれ」ということから最もかけ離れていることは、誰もが承知しているじゃない?

それこそ「男勝り・・差別語か?」でなきゃ、組織を管理するなんて出来やしない。

企業経営者もそうでしょ?

新聞テレビは、女性企業経営者を「カッコ良い」「おしゃれ」という風に垂れ流すけど、現実はそんなものじゃないことは、働いていればわかる。

その様な事実を無視し、結果平等だ、多様化だ、多価値観だ、女性が〜、と力んでもねぇ〜・・・


おまけ


【まず、民主主義者たちは、自由よりも平等を好むものだからだ。なぜなら、自由には、純粋に精神的な満足しか与えられないが、平等は、日々新たに、小さな物質的な満足を与えてくれるからである。平等の概念を急進化した、プロレタリア独裁を思い出すだけで充分だ。これが、個々人の自由の破壊にどれだけ貢献したかを考えるだけで、それ以上の説明の要もないだろう。
真に自由を尊重する人々は、法を尊重するものである。これら思慮深い人々には、法の確立こそが、国民の活力の無用な消費を防ぐ唯一の道と考えるからである。一方、思慮浅き人々は、人民自体が法である、という彼らの宣言に見られるように、法を尊重しない。とはいえ、思慮深い人々の頭にある善政とは、ただ一つの主義では解決できるようなものではない。民心安定の二大要素である、法の平等な実施と利益の分配は、特定のイデオロギーの成果ではないのだから。】
塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中からアテナイの少数派より抜粋引用。