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国の成り立ち、宗教観の違い等々があるために、これが「そうだ」ということは言えないが、次の動画の「戴冠式」というのは、非常に宗教色が強い、というか、王位に就く、または帝位に就く、というのは「神からも国民からも祝福を受ける」というところがあり、かつ儀式を行うことによって「国内外」に対し知らしめることになるのである。




戦争に負けた、ということがあるにせよ、日本はこの様なことまで「違憲だ〜」「政教分離が〜」と大騒ぎ。

ならば、何故憲法改正をしよう、という話にならないのか本当に不思議である。

確かに、よく言われる「大権」とか「国体」ということがあって、その様なものが「暴走」することもあるのかもしれない。しかし、その様な暴走が始まるのは、大概「大権」とか「国体」等々を利己的に政治利用する側にあるのである。

現に、宗教などはその典型で、神の名において、と宣えば、虐殺も許される。

そして、人間面白いもので、その宗教色を排した国なども、政治的思想信条や指導者を「神のごとく」扱い、その思想や指導者が命じれば、虐殺行為は「絶対の正義」となる・・・共産党や社民党などは、これ。

もう少し言えば、共産党的社民党的な方々は、それこそ自分たちに歴史や伝統がないものだから、異様に儀式的行為に拘りながら、歴史や伝統ある本物を貶すことしかできない。


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世界に存在する「見えないドレスコード」を破壊した地方ニュースキャスターの話

・・・・ということを「告白」し、よく言われる?今流行りの?「自分らしさ」「これが個性よ」ということを出す方と、それに喝采を贈る方々もいれば・・

方や・・・


イスラム教徒 vs. LGBT:イギリスの小学校でマイノリティ同士の戦い勃発


・・・先のリンク先記事に出てくる様な方々に「子供の教育を任せられない」と抗議する方々もいる。

そして・・・

【批判的な人が多いですが全てのイスラム教徒にはイスラム教を広める責務があります 私はその責務を果たしているだけです】

・・・とTweetする方もいる。


織田・豊臣・徳川が、日本にて「政教分離」の考え方の先駆者と私は考えている。しかも、誰もが知ることができる「歴史」にてわかる様に、織田・豊臣・徳川は「凄惨」とも言えることをやり尽くし、宗教が政に口出しできない様にした。

これが、崩れ去ろうとしているのかもしれない。

なお私個人は、特定の宗教を個人が信仰し、それを個人的に布教する、という行為は否定しない。

ただ、無理矢理に、強引に「改宗しろ」「我々の信ずる宗教の教義を国の政策・指針にしろ」というのは「頂けない」と思っている。そしてこれは「宗教」だけに限ったことではなく、政治的意味合いの強い「思想」や「主義」に関しても言える。



追記

ニュージーランド銃乱射 寛容な社会規範の維持を

主張したいことは理解できる。しかし「見出し」に使われている「寛容」という言葉が、好きだよねぇ〜、と思ってね。

ネット上の辞書に「寛容」は・・・

【心が広くて、よく人の言動を受け入れること。他の罪や欠点などをきびしく責めないこと。また、そのさま。】

・・・と出ている。

ちなみに、「宥和」という言葉の意味も記しておく。

【対立する相手を寛大に扱って、仲よくすること。】


素晴らしい。私もこの様でありたい。

しかし現実は、様々な利害や思惑があるものだから、そう簡単に言葉通りにはならない。

ましてや、価値観等の物の考え方の根本が違うとなると、新聞テレビが垂れ流す「夢物語」「フィクション」の様にはいかない。

そのことは、それこそ歴史が証明している。例えば、「宥和政策」を取ったために「ナチスの欧州覇権」にお墨付きを与えてしまった、という例が・・・

そして、「寛容」や「宥和」となるまでには、先にも記したが「凄惨」ということをやり尽くさねばならない。残酷だけどね。

それ以前に、ニュージーランドで起きた惨劇や、その原因とされる移民がどうたらを出すまでもなく、日本の隣に「寛容」や「宥和」は絶対に無理、という事例があるじゃん。


ILO=国際労働機関は女性と仕事についての報告書をまとめ、管理職に占める女性の割合が世界全体では27%余りなのに対し、日本は12%で、先進国の中でもひときわ低くなっている実態が改めて浮き彫りとなりました。


ILOの担当者は「女性の機会や扱いを平等にすることにとどまらず、結果の平等を実現するための積極的な法律や政策が必要だ」と話しています。

【女性の管理職 世界全体27% 日本は12%】より


結果平等ねぇ〜・・・・

で、この引用記事とはチト違うのだが・・・・

炎上の女性誌広告「働く女は、結局中身、オスである」が残念な訳

・・・ということが、話題になっているのだそうだ。


完全に私個人としての「価値観?」「感想?」であるが・・・・引用記事もリンク先記事に記されている「働く女は、結局中身、オスである」というキャッチコピーに噛み付いる方々も、「本末転倒」としか思えないんですよね。

だってね、男だろうが、女だろうが、「管理職になりたい」と「大いなる野心?」を抱く方がいれば、その様なことに「興味がない」と思われる方だっているわけで、それを強制的に「増やせ」というのは、それこそ今大流行りの「多様化」とか「多価値観」という考え方に反すると思うのですよね。

そして、男社会がどうたら以前に、管理職というのは新聞テレビが垂れ流す様な、「カッコ良い」とか「おしゃれ」ということから最もかけ離れていることは、誰もが承知しているじゃない?

それこそ「男勝り・・差別語か?」でなきゃ、組織を管理するなんて出来やしない。

企業経営者もそうでしょ?

新聞テレビは、女性企業経営者を「カッコ良い」「おしゃれ」という風に垂れ流すけど、現実はそんなものじゃないことは、働いていればわかる。

その様な事実を無視し、結果平等だ、多様化だ、多価値観だ、女性が〜、と力んでもねぇ〜・・・


おまけ


【まず、民主主義者たちは、自由よりも平等を好むものだからだ。なぜなら、自由には、純粋に精神的な満足しか与えられないが、平等は、日々新たに、小さな物質的な満足を与えてくれるからである。平等の概念を急進化した、プロレタリア独裁を思い出すだけで充分だ。これが、個々人の自由の破壊にどれだけ貢献したかを考えるだけで、それ以上の説明の要もないだろう。
真に自由を尊重する人々は、法を尊重するものである。これら思慮深い人々には、法の確立こそが、国民の活力の無用な消費を防ぐ唯一の道と考えるからである。一方、思慮浅き人々は、人民自体が法である、という彼らの宣言に見られるように、法を尊重しない。とはいえ、思慮深い人々の頭にある善政とは、ただ一つの主義では解決できるようなものではない。民心安定の二大要素である、法の平等な実施と利益の分配は、特定のイデオロギーの成果ではないのだから。】
塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中からアテナイの少数派より抜粋引用。



村上春樹さん「理想は少しむちゃでも抱き続けたほうがいい」

世界的な人気作家の村上春樹さんがフランスで講演し、「理想は少しむちゃなものでも抱き続けたほうがいい」と述べ、若い人たちにエールを送りました。

村上春樹さんは、フランスで日本文化を紹介する「ジャポニスム2018」にあわせた舞台「海辺のカフカ」の公演の最終日を前に、23日、パリで講演しました。

村上さんは小説を書き始めて40年がたったことをユーモアを交えて振り返るとともに、日本を含め世界各地で学生運動が盛んだった1960年代のみずからの青年時代について語りました。

そして、今の若い世代は希望を持ちにくくなっていると指摘したうえで「理想は少しむちゃなものでも抱き続けたほうがいいと思う。でも、つぶされたときにどういうふうに自分が行動していくかが大事な要素だ」と述べ、若い人たちにエールを送りました。

村上さんが公の場で語ることは珍しく、会場には、およそ560人が集まり、講演に聞き入っていました。

講演を聴いた村上さんの大ファンだというパリの男性は、「村上さんが若い人たちにどんな思いを抱いているか聴けて、興味深かったです」と話していました。


これ、NHKが報じた記事。

この記事は「エンタメ」というカテゴリー分類がされている様で、「あくまでも芸能記事」という報道姿勢なのであろう。

それはそれで構わないのだが、なんというのだろうか?

世界的?な、しかも毎度毎度「ノーベル賞受賞」と呼び名も高い著名人の「言動」を報じるとなると、良くも悪くも「政治的色合い」が濃くなる様に思う。


ましてや・・・・

歴史を作り替え、若者に… 村上春樹さん「とても危険」

・・・という記事見出しになると尚更である。


著名人や有名人が「政治的発言をすべきではない」ということは言わない。

しかし、その社会に及ぼす影響力を考えると、それこそ朝日新聞の見出しではないが「とても危険」な感じがしてならない。



追記

沖縄県民投票「反対」多数 政府と沖縄県 対立深刻化不可避


このリンク先の記事もNHKなのですが・・・

基地移設の「賛否」および「その結果」についてとやかく記すつもりはありません。

記事見出しに記されている「政府と沖縄県」という文言についてです。

NHKはこの様な事象を報じる場合、政府という文言を使わず「国が〜」と記すのが「当たり前」でした。

これはNHK以外のテレビ局も同じ様で・・・当然、大新聞も・・、「国が〜」という文言が消え「政府が〜」になっている様です。

マスゴミ界隈に何があったのでしょうかね?????


アメリカのアリゾナ州にあるグランド・キャニオン国立公園は、コロラド川による浸食で作られた巨大な峡谷のグランド・キャニオンなどの雄大な自然を有しており、世界遺産にも登録されています。そんなグランド・キャニオン国立公園の博物館内に、核燃料としても使用される放射性物質のウランが入ったバケツが長年にわたり放置されていたことが判明しました。

この事実はグランド・キャニオン国立公園の安全衛生管理マネージャーのElston Swede Stephenson氏が、国立公園の従業員および新聞社のArizona Republicに対して「博物館内の人々が放射線にさらされていた」と告発する電子メールを送信したことで明るみに出ました。ウラン鉱石が入ったプラスチックバケツは全部で3個あり、博物館内には一般のツアー客が訪れることもあったとのこと。Stephenson氏によると、博物館のプレゼンテーション中に子どもがバケツの近くに座っていたこともあったそうです。

バケツのふたは閉じられていなかったそうですが、今のところウラン鉱石に近づいた人が危険にさらされていたのかどうかについては判明していません。単にウラン鉱石のすぐ近くにいたからといって、安全でない量の放射線を浴びたとは考えにくいと、ニュースメディアNPRのライターであるLaurel Wamsley氏は述べています。


北アリゾナ大学の化学・生化学教授のJani Ingram氏は、ウラン鉱石が研究に使われることは少なくないものの、通常は金属製容器の中で厳重に密閉されていると指摘しています。「ウラン鉱石によって健康被害が出るのかどうかは、鉱石が発する放射線量と鉱石に近づいていた時間によって変わってきます。『ウラン鉱石の近くにいた子どもは5年以内にガンになってしまう』と言うことは誰にもできません」とIngram氏は述べていますが、放置されていたウラン鉱石が懸念事項であることは間違いないとしました。

【博物館に放射線を放つウラン鉱石が入ったバケツが10年以上放置されていた】より抜粋


詳しいことはリンク先で全文を・・・


放射性物質の「管理」という点から考えれば、「杜撰」「適当すぎる」としか言いようがありませんけれど、この様な話を知って・・・東日本大震災発災の年に、東京世田谷で高い放射線量が検出され、その発生源は民家の床下にあったビンの中にあった「放射性ラジウム」であった。という事象を思い出した。


世田谷放射能騒動 92歳女性は健康だったが驚くことではない


まあ、この様なことを記すと「キューリー夫人が〜」「夫人の夫が〜」という方もいよう。しかし、キューリー夫妻が放射線の影響で病になったのは、当時は人体に及ぼす高放射線の影響がよくわかっていなかったことと、夫妻らは引用記事ケース、またはリンクさせた世田谷の件とは比較できない形で、高線量を発し続けている放射性物質に長時間、しかも直に接し続けたからである。長年に渡り素手で触り続けていたらしい。