酔った米国人男性、ナチス式敬礼して殴られる ドイツ
2017.08.14 Mon posted at 11:06 JST

(CNN) ドイツの警察は13日、同国東部のドレスデンで、酒に酔った米国人男性(41)がナチス式の敬礼をした後、殴られて軽傷を負ったと明らかにした。
警察によれば、男性は12日早朝に市内のバーでナチス式敬礼をしたが、当時、非常に酔っていたという。
ナチス式敬礼は、ナチス政権下のドイツで、あいさつや、ナチスへの忠誠を示すために広く使われた。
警察によれば、男性がバーを出ると、何者かに殴られて頭部に軽傷を負った。救急隊員がその場で手当てを済ませ、男性は病院には行かなかったという。
男性の身元は明らかになっていない。ナチス式敬礼はドイツでは違法とされている。警察によれば、州検事が状況を精査し、男性を公式に起訴するかどうか決定するという。
ドイツでは、今月に入りベルリンで中国人2人が連邦議会議事堂前でナチス式敬礼をしたとして拘束されていた。2人はそれぞれ500ユーロ(約6万5000円)を支払って保釈された。

https://www.cnn.co.jp/world/35105716.html


なるほど・・・いわゆる「ナチス式敬礼」が法律によって「禁止」され、それを行なった場合「罰せられる」ということはわかった。しかし引用記事を読むと、その行為を目撃し、不快になったからと言って「行為をおこなった相手に暴行をした」ということが「不問に付される風潮」が、ドイツにはあるように思える。そのような風潮こそ、ある意味「恐ろしい」と私は思ってしまう。


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次の動画は、50分弱の動画である。しかも「英語」の動画。



何が正しい、何が悪い、ということは記さない。

ただ、動画で映し出されているところは、「中世のまま」であることがわかる。

この様な世界?社会?を「安定」させようと思えば、圧倒的な「力」が必要であろうし、先進国が経験した「戦国」と呼ばれることを徹底的にやらねばならないはず。


Wikiの「ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ」の項目を見てみると・・・

カラヴァッジョは画家としての生涯で絵画制作の注文不足やパトロンの欠如などは経験しておらず、金銭面で困ったことはなかった。しかしながらその暮らしは順風満帆なものではなく、自宅で暴れて拘置所に送られたことが何回かあり、ついには当時のローマ教皇から死刑宣告を受けるほどだった[2]。カラヴァッジョについての記事が書かれた最初の出版物が1604年に発行されており、1601年から1604年のカラヴァッジョの生活について記されている。それによるとカラヴァッジョの暮らしは「二週間を絵画制作に費やすと、その後1か月か2か月のあいだ召使を引きつれて剣を腰に下げながら町を練り歩いた。舞踏会場や居酒屋を渡り歩いて喧嘩や口論に明け暮れる日々を送っていたため、カラヴァッジョとうまく付き合うことのできる友人はほとんどいなかった[3]」とされている。1606年には乱闘で若者を殺して懸賞金をかけられたため、ローマを逃げ出している。さらに1608年にマルタで、1609年にはナポリで乱闘騒ぎを引き起こし、乱闘相手の待ち伏せにあって重傷を負わされたこともあった。翌年カラヴァッジョは熱病にかかり、トスカーナ州モンテ・アルジェンターリオで38歳の若さで死去する。人を殺してしまったことへの許しを得るためにローマへと向かう旅の途中でのことだった。



と記されている。

おお、この「暴れん坊」は「パトロン(経済的)」に困ったことはないのか・・・・

とはいえ、この「暴れん坊」も「描きたいものを描く」ということは、なかなかできなかったであろう。というより、描きたいものを描いたという作品の多くは、後世・・すなわち我々の様な現代人が「価値あり」「素晴らしい」と評価することが多く、当時は違ったと思う。

芸術とか表現というものは、時代により変化する。しかし、様々な芸術とか表現を「愛でる」「楽しむ」ということができる現代は、それだけ「豊か」「多種多様な価値観がある」ということでもある。

特に日本や他の先進国では、それが「当たり前」となっているために、そのこと自体のありがたみを実感できない。


だからであろう「もっと多様化を」と言いながら、そのことを言っている側が気に入らないと思う他者の言論や表現があると「その様な言論・表現は一切認めない」「暴力で持って潰してしまえ」となるのであろう。



相模さんから、非常に興味深い?悩ましい?コメントを頂戴した。そのコメントを拝見し、学の無い私は、学が無いなりに色々と考えてしまった。

そんな時、いつもやるのは、言葉や文字の意味を調べてみる、ということである。

今回は、「宗」という言葉、文字を調べてみた。


しゅう【宗】
〔「宗」は,先祖を祀った廟屋(びようおく)の意。祖廟(そびよう)は一族団結の中心であることから,中心根本として尊ぶ意〕
① その宗教宗派の中心根本となる教え。宗旨。
② 教祖,またそれに準ずる人物の教説を中心とする信者の集団。宗派。宗門。
③ 因明(いんみよう)の術語で,論証すべき主張命題のこと。


なるほど・・・

政治信条を同じくする集団も、見方を変えれば「宗教」なのかも知れない。

宗教が「良い」「悪い」ということは言わない。しかし、一部の政治信条を同じくする方々は、「多文化」とか「人それぞれ」と言うくせに、実際は自分たちの主義主張以外を決して認めようとはしない。その様になると「質の悪い宗教」「カルト宗教」としか呼べないのである。


「痴漢」申告された30代男性、線路に飛び降りはねられ死亡 東急田園都市線青葉台駅

この事件のことで、色々と議論になっている様ですね・・



痴漢冤罪を回避?「名誉毀損」を訴えた男性に注目集まる


痴漢疑われたらどうすれば... 逃走頻発に「男女別車両の導入」求める声も


まあ、以前より「痴漢冤罪」ということも問題になっているし、一部私鉄では「女性専用車両」というのがあり、その「女性専用車両」というのもなんだかんだとある様です。

それはさておき・・・不幸な事件であるわけですが、この話を知って次の言葉を思い浮かべました。

【男女七歳にして席を同じうせず】

または・・・

【男女七歳にして同衾(どうきん)せず】

どちらも同じ意味なんですがね。


何が言いたいか?と言いますとね。

戦前が〜、ということで、何でもかんでも「自由」であり「平等」になったはずで、かつ今現在も「過剰?」いや「異常」の方が正確でしょうね。異常なまでに女性の人権が〜・・と求める方がおりますけど、その求めている方って結局、求めている方が忌み嫌っている「戦前」とか「男女七歳にして席を同じうせず」ということを絶対の正義として掲げているんじゃなかろうか?と思いましてね。

なお、痴漢は「犯罪」です。それは厳しく処断されねばなりません。しかし、先ほども書きましたが「痴漢冤罪」ということがあることも事実。

如何にバランスよく判断をせねばならないか、でしょう。