自由・権利と責任・義務
 私たちは生まれながらに人権をもち、自由に生きることを保障されています。権利が現実に確かなものとなるためには、法が重要な役割を果たします。
らん 国家は、法に従い、権利を尊重する形で政治を行わなければなりません。私たちは、権利を濫用してはならず、他の人の権利を妨げるようなことがないように、時には権利と権利とを調整する必要が生じることもあります。「公共の福祉」とは、こうした権利調整の原理です。さらに、 私たちには、主権者としての責任があり、納税・教育などの義務を果たすことが求められます。

人間の尊厳と平等
 日本国憲法第 13 条に、「すべて国民は、個人として尊重される」とあります。これが、人間 の尊厳についての規定です。一人ひとりが、それぞれの考え方にしたがって、自由に自分の人生 のあり方を選ぶことができます。
 人々の平等にかんしては、「機会の平等」と「結果の平等」の両方を、適切に保障することが 必要です。困っている人々への福祉政策なしには、私たちは安心して生活することができません。

他者と共に生きる
 人は一人では生きることができず、それぞれが個人としての独自の考え方をもちながら、他の人々と共に生きなければなりません。そのためには、多数派と違うといった理由で、少数派をいじめたり、迫害したりすることは許されません。
 社会にはさまざまな差別があり、外国人への「ヘイト・スピーチ」なども見られますが、そうしたことをなくすために努力していく必要があります。


【第 19 回 日本国憲法と民主政治 [個人の尊重と法の支配]】より
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_syakai/archive/2016_gensha_19.pdf


国家は法に従いねぇ〜・・・それでは、その国家とはなんぞや?と思うのだが・・

それは置いておこう。

この引用文で最も気になったのは、最後の「他者と共に生きる」という項目。まあ、この引用文は文科省の「学習指導要領?」に、それこそ国家に従って、作られたものであろうから、こんなものかも知れない。しかし、いわゆる「ネトウヨ」とパヨクやNHKなどから言われている方々が、今の今まで「少数派」だった訳で、パヨク的言動、NHK的思考の方々が多数派だったのだが・・・それは無視かよ!?である。

現にそうだろ?

反差別とか反ヘイトを掲げる側が、NHKの手にかかると「絶対の正義」であって、その考え方に疑問を持つ側は「問答無用で排除せよ」・・すなわち、少数派をいじめたり、迫害することは正義である、と公共の電波を悪用して放送してんじゃん???

NHKは、次の言葉を再度熟慮しろや・・・それとも、カルト的思考に凝り固まっているから、できないかな???


【私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る】


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「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」

と言う有名な言葉は、哲学者・文学者・歴史家であったヴォルテール(Voltaire)が言った言葉として有名であるが、本当に言ったのかどうかは不明らしい。



しかし、民主主義の根幹をなす「言論」や「表現」に関する指針となった言葉であり、この様な考えがあったからこそ、自由と民主主義を謳歌できる様になったのである。

しかし昨今、自由と民主主義を掲げながら、他者の言論や表現を「ただただ気に入らない」と言うだけで封殺、いや「弾圧することが正義である」と誇らしげに自慢するバカがいる。

例えば、私の地元に「リカちゃんキャッスル」と言う大手玩具メーカーが作った、お人形のテーマパークがあるが・・その人形の名を勝手に騙るアホとか等々。


しかも、このお人形の名を騙る人物等々に代表される方々の多くは、言論や表現の自由と言う権利を他の方よりも最大限に享受し、それでもって所得を得ているのに、平気で他者の言論や表現を蔑ろにし、喜んでいる。

醜い!!


『チーム★アメリカ/ワールドポリス』(Team America: World Police)は、2004年に公開された、『サウスパーク』を製作したトレイ・パーカーとマット・ストーンによるマリオネットを使った政治風刺映画である。

国際警察「チームアメリカ」の過激な活躍を描く。精巧に作られたセットを背景に、温かみのある糸操り人形を用いながらも、人形同士のセックスシーン、徹底したスカトロジー表現、ブラックなギャグ、パロディを満載し、著名なリベラル系のハリウッド映画人から政界人、アメリカのテロ戦争など、ありとあらゆる人物を笑い飛ばした問題作である。人形の首がもげるなどの残酷描写が多かったことでも有名。R-18指定作品。





昨日の・・というより、昨日行われた「米朝首脳会談」と、その会談までの経緯というのは、この「人形劇映画でありながら、R-18指定」となった映画の内容そのものじゃね?・・と思ってしまう。

というかね、シャレとか「お遊び」「パロディ」というのは、ここまでやらないとね。ところが昨今、何でもかんでも「差別だ」「ヘイトだ」ということで言論・表現を萎縮させている。

とはいえ、トランプ大統領や安倍総理を「とことんコケにする」という風刺だけは、日本人・国民を「とことんコケにする」という風刺だけは、なぜか「スンバラシイ」と許され、正義になっている。変な世の中だこと・・・


(´-`).。oO(若者に人気バンドの歌詞が愛国的で叩かれる、なんて外国人からしたら日本は奇妙な国だろうな。もちろん戦争は二度とあってはならないけれど、いちいち誰かの表現を検閲したり抑圧する今の時代の空気こそ、戦争直前の日本と重なるよ…



20年前は、鳥肌実に本気で怒る人なんていなかったし、街中で右翼の街宣車を見かけても、変わった人をウォッチするような、のんきな空気があった。なんなんだろう、今の息苦しさ、余裕のなさは。
https://twitter.com/6d745/status/1006156463369281536


すごい話ですね。

これじゃ、日本国民が有している権利「言論と表現の自由」が萎縮してしまうのもうなづけますね。

というか、鳥肌実的な方が出てきたときには「シャレ」「おふざけ」という余裕の感覚が、引用Tweetが指摘している様に、日本にはまだあったのでしょう。しかし、ネットの普及でその「余裕」「おふざけ」という感覚がなくなった。

何故か?

ネットの普及で、既存大マスゴミの「嘘」が暴かれたからですね。

もっと言えば、ネットの普及で既存マスゴミや、既存マスゴミが重宝する「知識人」「文化人」「コメンテーター」と称する方々にこそ、余裕というものがなくなったので、日本での「愛国はダメ」とか、いわゆる「反差別」という、新たな「悪徳利権」を作り出し、名もなき普通の国民の耳目を、口を、塞ごうと必死なのでしょうね。

そして、今まで散々「言論の自由だ」「表現の自由だ」と大騒ぎしていた側が、言論表現を検閲し封殺・弾圧する形になっているのですから、喜劇ですね。


特定外国人?に関する事を「口に出したり」「記したり」という事を行うと、日本には存在しないはずの「宗教警察・思想警察」の取締対象になり、その言葉を口から出した者、その事を記した者を「問答無用」で「BAN」してくるので、この様な人物が映っている動画ならば良いのか?・・・と思いましてね。



で、何が言いたいのか?と言いますと、日本国籍を有さない者が、日本国内で「政治活動・運動」を行って大丈夫?という事である。

日本在住の外国人にだって、そりゃ「意見をいう」という機会があっても良いだろうさ。しかし、日本国の根幹に関わる事の政治的な事で、彼らにその資格があるのか?

いや、この様な活動運動を行う側は、何故外国人を前面に出し、この様な活動を行うのか?

ここら辺の姿勢に「????????」が沢山点るのである。