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その上で、タトゥーは歴史や現代社会で美術的な意義や社会的風俗という実態があることを踏まえ、「医師の業務とは根本的に異なる」とし、医行為には当たらないと判断。彫り師に医師免許を求めれば、憲法が保障する職業選択の自由との関係で疑義が生じるとも述べた。

【「タトゥーは医療行為ではない」 彫り師に逆転無罪判決】より
https://www.asahi.com/articles/ASLCG4T7JLCGPTIL013.html


まず最初にね、「タトゥー」と言わずに「刺青・入れ墨・イレズミ」と言いましょうや。そうでなきゃ、引用文に記されている「歴史やナンタラカンタラ」にそぐわない。

で、その歴史的な観点から・・・江戸時代という頃に「墨を入れる」ということは「犯罪者の烙印を押された」ということでもあったんだよね。事実、今で言うところの「軽犯罪」「微罪」と言われる様なことを当時犯した者は、腕や額に墨を入れられ、「お前は犯罪者」と烙印を押された。そして、今で言うところの「やくざ者」「破落戸」などが好んで体に墨を入れていたものだから、入れ墨・刺青=反社会的行為、となった歴史的経緯を、それこそ記すべき。

その様なことを言わずに、カタカナで「タトゥー」と頭の良い方が率先して大騒ぎして言うものだから、それこそ「入れ墨・刺青」に関しての「誤解」が生じると思うのだけどねぇ〜・・・


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テレ朝ニュースによれば、明治大学の女子トイレに侵入したとして会社員の男が現行犯逮捕されたという。男は「お腹の調子が悪く男子トイレと間違えて入った」と容疑を否認しているというが、もし男の証言が事実ならば切なすぎやしないだろうか? 頼むからやめたってくれや……。

・盗撮の可能性もあるが
男はキャンパスの地下1階にある女子トイレに侵入した疑いが持たれているらしい。通報を受けた警備員が駆け付けると、男子トイレの奥にある女子トイレのドアに鍵が掛けられていて、警備員が出てくるよう促ししばらくしてから男が出てきたという。
警視庁は盗撮などの目的で女子トイレに侵入したとみて調べているらしいが、もちろんその可能性だって十分にある。会社員である男がわざわざ明治大学のキャンパスの女子トイレに入ること自体怪しいし、残念ながら盗撮行為も後を絶たないのが現状だ。だがしかし……。

《【やめたれや】お腹の調子が悪い男 → 間違えて女子トイレに入って逮捕 → 今年1番切ない事件だろコレ…》より


普通は?公共の場にあるトイレで、しかも「女子トイレ」に男が入れば、大概「痴漢行為」「のぞき」と考える。しかし、リンク先に記されている様に「漏らす寸前くらいのギリギリの状況」で「止むを得ず」ということだってあろうし、昨今は「LGBTが〜」ということがあって、その男性が「私は女性だ!」と強弁した場合どうするのだろう?

・・・と、私は記事を読んで思ってしまった。


全く関係のない追記???


スー・チー氏の人権賞撤回
「失望」とアムネスティ
2018/11/13 05:48

 【ロンドン共同】国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は12日、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相に授与していた人権賞を撤回すると発表した。イスラム教徒少数民族ロヒンギャに対する迫害やメディア弾圧を阻止しなかったことに「大いに失望した」と批判した。

 同氏を巡っては1991年に受賞したノーベル平和賞の剥奪を求める声も一部で上がっている。

 アムネスティは、スー・チー氏が民主化運動指導者として軍事政権に軟禁されていた2009年、人権擁護で活躍した人に贈る「良心の大使」賞の授賞を決め、軟禁解除後の12年に手渡していた。


この引用した共同通信配信記事を読み・・・


【私は、失望することのほうが、オカシイと感じた。人間的な共産(社会)主義なんて、ありえようはずがないのである。スターリンのほうが、よほど首尾一貫している。バカなのは、そういう社会が実現可能だと信じていた良心的なインテリたちである。私が真の共産主義者ならば、彼らのような人間は社会に害毒をおよぼす人種と断じ、粛清でもなんでもして、消してしまったであろう。政治的センスのない良心的な人々が、政治に口をだすことほど害なものはない。とくに、それらの人が、社会的名声など持っていたりすると・・・・、とソ連の支配者が思ったとしても、あの国の政体からすれば、当然ではないかと思う】
塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から全体主義についてより抜粋引用。


・・・である。


村上春樹さん、早大に資料寄贈 原稿や書簡、研究拠点に

 作家の村上春樹さん(69)は4日、東京都内で記者会見し、自筆の原稿や書簡、レコードなどの所蔵資料を母校の早稲田大学に寄贈すると発表した。早大は将来的に、国内外の村上文学の研究者が資料を活用できる研究センターをキャンパス内に作ることを目指す。村上さんが国内で会見に臨んだのは37年ぶりという。

【村上春樹さん、早稲田大学に自筆原稿やレコードコレクションなどを寄贈】より
https://www.huffingtonpost.jp/2018/11/04/haruki-murakami_a_23580177/


申し訳ないが、私は「村上春樹」という作家?作家が創作する作品?には全く興味がない。だから、引用記事やURL先記事に記されている・・・


【僕には子どもがいないので、僕がいなくなったあとに散逸するのも困るなと思っていた】

【国内外の村上文学の研究者が資料を活用できる研究センターをキャンパス内に作ることを目指す。】


・・・・等々のことは「どうでもよろし」「勝手にやれば?」というくらいの感想しかない。

ただ、この作家も「齢69」で、間も無く「齢70」という事実に、現実を突き付けられた感じがしたのである。


もっと言えば、いわゆる「団塊世代」も「本当のジジババ」になった、ということであり、この世代も「あとは消え去るのみ」という段階に入った、ということである。


なお、私はマスゴミが印象付けた様な「団塊世代=先進的、革新的」とは思っていない。当然、この世代の全ての方が「学生運動」「左翼運動」に明け暮れていたとも思っていない。

ただこの世代の一部に「アホがいた」ということであろうし、その「一部のアホ」たちをマスゴミが持て囃し「時代の寵児」的な扱いをしたものだから、その一部のアホたちが勘違いし70という年齢になってまで、アホなことを行なっているに過ぎない、と思っている。しかも、世の中に影響力がある「マスゴミ」等々に多くいるものだから、尚更そのアホぶりが際立つのであろう、と思う。


何度も、いわゆる「紛争地」と呼ばれる場所に行って、かつ何度も人質というか身柄を拘束され、かつその事で「身代金」等の代償の交渉道具として扱われ、かつ無事に戻ってきた、ということを考えりゃ普通は「?????」が沢山点らない方が、ある意味「おかしい」とわたしゃ思う。

しかし・・・・


最後の「カタールの思惑」分析は自分の分析と違いますが、安田さんに関する評価は完全同意です。
彼を個人的に知っている同業者はほぼ全員、右系の人も含めて、彼を高く評価しています。
個人バッシングしてる人は全員、彼を知らずにネットで悪印象持った人なんですよね

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紛争地の記者で「俺は偉いから」って物申してる記者なんぞ見たことないな。誇りを持って報告してる様子が気に触るんかな。

そして漁業と比較するのはナンセンスやね。現代の漁業のように気象状況が前もって分かるような紛争地なんてない。

安田叩きは単に彼が嫌いなんやろうな。

以上


・・・とTweetする方が多いこと多いこと・・

まあ、次の様なことをテレビ番組で公言してしまう「テレビ放送局社員」がいるものだから、仕方がないのかね?



「民主主義といっても国や企業で権力を持っている人たちは、自分達の都合のいいようにやって隠したいんですよ。隠されているものを暴かない限り、私たち国民は正確なジャッジができないんです。それには情報がいるんですよ。その情報をとってくる人たちが絶対に必要で、ジャーナリストはそれをやっているんです。フリーのジャーナリストは命を懸けてやっているんです。一番危ないところに行かれているんですよ、安田さんは。そういう人を守らないでどうするんだ」


「兵士は国を守るために命を懸けます」
さらに、「たとえて言えば、兵士は国を守るために命を懸けます。その兵士が外国で拘束され、捕虜になった場合、解放されて国に戻ってきた時は『英雄』として扱われますよね。同じことです」と、「兵士」を引き合いに出し、安田さんが解放されて帰国するとなった場合について、

「民主主義が大事だと思っている国民であれば、民主主義を守るために色んなものを暴こうとしている人たちを『英雄』として迎えないでどうするんですか」

と主張した。

その上で改めて「何ですか自己責任論って。国に迷惑かけたって何ですか。その人たちは民主主義がいらないんですか。僕は敬意をもって迎えるべきだと思います」と、「自己責任」と突き放す風潮を批判した。

 玉川氏は「解放されて国に戻ってきたら『良かったね。命をかけて頑張ったね』と声をかけますよ」とも述べている。安田さん解放情報を受け、同様の考えを表明しているジャーナリストは少なくない。

【安田さん解放に「英雄として迎えないでどうする」 テレ朝・玉川徹氏、「自己責任論」を批判】より


もっと言えば、ジャーナリストとか既存の新聞テレビの「記者」というのは「この世で最も崇高で聖人として崇めたてなきゃならない職業」と言い切る方々の精神構造は「おかしい」としか言えない。

だってさ、ジャーナリストは「この世で最も崇高で聖人として崇めたてなきゃならない職業」と言い切る方々の多くは、兵士を忌み嫌い、兵士を蔑んでいるじゃない?

ところが、世の中から渦中の人物の「無謀」「身勝手」とも言っても過言じゃないことで批判が出ると、その忌み嫌っている兵士と同じく「英雄」として出迎えろ、扱え、と既存の新聞テレビの社員たちが大騒ぎ。

いや、結局のところ既存の新聞テレビの社員たちや自称ジャーナリストの多く、かつその様な方々を手放しで賛意を示したり、崇めたてる方々の多くには、職業貴賎意識、かつ差別意識があるとしか思えんのだがねぇ〜・・・


孫正義「AIがやってきた後の社会。ローマ帝国は周辺の国を戦で負かして、勝ち取って富が増えていった。ローマ市民は農作業もしなくて楽しい、辛い仕事は召使にさせるから。ローマ市民が召使にさせたような仕事をAIにさせて、人間はより人間らしい部分になっていく」

ちょっと何言ってるかわからない。

リンク先で添付されている動画も参照してね。

AI・・すなわち「人工知能」と呼ばれることへの考え方とか定義、ということは別にして、この様な方も「ハリウッド映画」で描き出された「歴史」というのを信じているのだなぁ〜、としみじみ実感した。

特に・・・





・・という映画のね。

古代ローマに「奴隷はいなかった」ということは言わない。しかし、古代ローマが、今で言うところの「帝国」という形になったのは、そうならざる得なかった理由があったのだし、奴隷に関しての考え方や定義も、いま現在とは違う・・・奴隷に関しても、ハリウッド製テレビドラマ「ルーツ」の影響が大きいのだろうな。




当然これは、戦後に制作された第二次世界大戦関連映画・テレビドラマでの「日本」や「ドイツ」に関しても同じ。

だって、古代ローマが〜、日本が〜、ドイツが〜、と言ってりゃ、こんなラクな事はないし、大昔に存在した国や戦争に負けた側に全ての責任を押し付けてりゃ、自分たちはどんなに酷いことを行なっても「我は正義」と言い訳できるしね。

ともかく、欧州・・いや白人はある時期からやり過ぎたんだよ。しかも「神の名の下に」という詭弁を弄して・・今現在は「リベラルの名の下に」「反差別・人権が〜、の名の下に」に変わっているけどね。

なお、わたしゃ人工知能を否定はしない。体の不自由な方などにとって便利な道具になるだろからね。

というか、携帯電話が世に登場した頃の記憶がある方ならば一度は目撃したことがあるかと思うが、携帯電話の登場・・・特に、携帯電話のメール機能は・・・によって、聾唖の方との意思疎通が格段と向上したんだから・・・