「北朝鮮の人々は自由に恋い焦がれていて、死にものぐるいで求めています。それを覚えていて欲しいのです」

【「北朝鮮で暮らす」というのはどういうことなのか?若者に生の声を聞いたムービーが公開中】より


動画、そしてその動画を紹介しているリンク先の記事を読んで、色々な意味で「衝撃」でした。

我々の様な国というか、体制というか、ともかく「自由と民主主義」を謳歌できる国に暮らす者としては、その自由を得るために行動したら?と動画を見て思うわけです。要は、自国の現体制を倒したら?ということです。

確かに、報道されている北朝鮮の国情を知れば、それは大変なことでしょうし、無理と我々だって思います。しかし、北朝鮮で暮らす方々がやらねば誰がやるというのでしょうか?

そうではありませんか?

北朝鮮というところに関しては、北朝鮮で暮らす方々が望む社会を構築せねばならないのですから・・・

それと・・・最新の映像・撮影技術、照明技術というのは、ある意味「残酷」ですね。化粧で誤魔化す事ができないのですから・・・そりゃ、諸事情があるでしょうから、それを無闇に否定したり、批判したりしませんけど・・・



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選挙公示まであとわずかで、すでに事実上の「選挙選に入った」ということもあり、選挙に関するエントリは控えようか?などと考えているが・・・

次に引用する二つのTweetを目にしてしまうと、下らないことでも記したくなる・・・なお、色々とあるので「この個人名は・・」という部分は伏字にした。



後でリツィートしますが、有〇さんが出して下さった「希望の党」に流れた議員さん達の中に、私が個人的におつきあいしてきて、人間的に信頼出来そうな人の顔は1人もありませんでした。逆にホッと安心しました(^^)


敬愛する〇〇さん 阿部さんや森さん(おそらく僕も)を批判してそれでどうするんですか。菅さんが小池を「日本のメルケルに」と公言したことには唖然としました。それでも枝野さんたちと新しい決断をしているときに、どこに矛先が向かうのでしょうか。「見識のなさ」はいまの決意を否定するのですか。




これらのTweetを拝見すると「断末魔」という言葉が当てはまる、と思う。


しかも、いかに「綺麗事」というか「抽象的」で「概念的」な言葉を並べ立てようが、現実には勝てない、ということを物の見事に出ていると思う。

まあ結局のところ、「自業自得」「因果応報」「身から出た錆」なのであるが、そのことすら「一切認めようとしない」「現実を見ようとしない」というのが、民主党改民進党に集った連中とパヨクの特徴であるが・・・



なぜかアクセス数が多い様な・・・

よもぎねこさんのエントリに・・・

【理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するものです。】


・・・という引用文を引用し、コメントを記したためであろうか?


ならば、その引用文の全体がわかる形で、このエントリにてその引用文を掲載しよう。



 【数年前、日本で、ある人にこんな質問をされたことがある。
 
「現実主義者は、それが個人であっても国家であっても、なぜ常に憎まれてきたのだろう」
 
もちろん、彼と私の間では、現実主義についての定義づけを、あらかじめすることなど必要ではなかった。われわれ二人にとっては、現実主義とは、現実と妥協することではなく、現実と闘うことによってそれを切り開く生き方を意味していたからである。
だが、その時の私は、彼の質問に答えることができなかった。しかし、今ならば、それができるようなきがする。
 
「現実主義者が憎まれるのは、彼らが口に出して言わなくても、彼ら自身そのように行動する事によって、理想主義が、実際は実にこっけいな存在であり、この人々の考え行うことが、この人々の理想を実現するには、最も不適当であるという事実を白日のもとにさらしてしまうからです。
理想主義者と認じている人々は、自らの方法上の誤りを悟るほどは賢くはないけれど、彼ら自身がこっけいな存在にされたことや、彼らの最善とした方法が少しも予想した効果を生まなかったを感じないほど愚かではないので、それをした現実主義者を憎むようになるのです。だから、現実主義者が憎まれるのは、宿命とでも言うしかありません。理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するものです。」】
塩野七生著『海の都の物語 1』の中から第三話 第四次十字軍より抜粋引用。



・・・・・ついでに、次のことも引用しておこう・・・・


 
【カバーの金貨について
 
 他の職業人に比べて政治家が非難されやすい理由の一つは、政治とは誰にでもやれることだという思いこみではないだろか。例えば、ピアノのコンクールでは、審査員は有名なピアニストが担当する。いかに音楽を愛していても、単なる愛好家には、票を投ずることは許されていない。それなのに政治となると、選挙では誰もが一票を投ずる資格をもつとされている。でないと、反民主的と非難される。ということは、民を主権者とする政体とは、政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム、と言えないであろうか。
 となれば政治家にとっての死活問題は、政治のシロウトたちの支持を獲得することになる。知識はあっても政治を実際にやったことはないという点で、学者も評論家もメディアもシロウトに属す。政治家が挑戦すべきなのは、政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得するという、高等な技なのである。クラウディウス帝は、この放れ技に失敗したのだった。何によって?それは読んでお楽しみ、と言っておこう。】
塩野七生著 新潮文庫刊 『ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち[三]』 より


国家宰相、すなわち総理大臣となれば、保守とか革新、理想主義者も含めた国民全体のことを考えねばならないのである。ましてや日本は、未だに「国防」すなわち「戦争のことを真面目に考え、議論する」ということは「タブー」ということが蔓延しており、それを総理大臣がズバリと言ってしまえば「蜂の巣をつついたよう」に、有る事無い事で大騒ぎになるのである。例え、本当に北朝鮮からのミサイルで実害が出たとしても、北朝鮮を責める前に、総理が〜・・政治家が〜・・となりかねないのが、今現在の日本。その現実を認識せねばならないのである。

というか、保守だろうが左翼、革新だろうが、総理大臣という職責を「スーパーマン」「全知全能の神」と考えていないか?



独裁を完成させたら終わりだということを理解しない人たち(読む・考える・書く)


にゃるほどにゃ〜・・・・と言うより、何が言いたいのかさっぱりわからん。

まあ、私も他者様のことをとやかく言える立場ではないが、「危機感を覚える」と言うことを多くの方に理解してもらおうとすれば、自分とその自分が加入?している「仲良しクラブ内」だけにしか通じない自己満足の文章じゃダメなんじゃね?、と思うのだが・・・

いや、それ以上に【マスコミやネットにあふれる偏向報道に流されないためのオルタナティブな情報を届けます】と謳いながら、その中身は「朝日新聞的」「TBS的」な新聞テレビが随分以前から垂れ流している内容なんだけど?



それを「偏向報道に流されないためのオルタナティブな情報を届けます」と大上段に構えられても・・・ただ、ただ、ドン引きするだけ。


ちなみにさ、オルタナティブを辞書で引いてみるとさ・・・

① 二者択一。
② 既存のものに取ってかわる新しいもの。
③ 1990年代のカウンター-カルチャー,音楽スタイルのこと。オルト-カルチャーとも。

と出ているんだよね〜・・・・

【独裁を完成させたら終わりだということを理解しない人たち(読む・考える・書く)】を記した方は、①の二者択一のことを言いたいがために「オルタナティブ」と言う言葉を使っているのかね?

だとしたら、随分傲慢だよね。いや、これそこ「独裁」かな?

そうでしょ?

様々な考え・意見・主張、当然表現があるわけで、二者択一なんか簡単には行えないのが人情だからね。そこを深く、かつ分かりやすく記した方が良いと思うのだけど・・・パヨク的「頭の良い方」「高学歴者」ちゃ、それが全くできず、直ぐに他者に「二者択一」を迫り、それで済ましてしまうからホント困るんだな〜・・・




仏、2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売停止目指す 

[パリ 6日 ロイター] - フランスのユロ環境連帯移行相は6日、2040年までにガソリン車、ディーゼル車の販売を停止するとの目標を発表した。温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」順守のために提案した、一連の施策の一環。

また、50年までには、温室効果ガスの排出量を排出権取引や他の削減活動で完全に相殺する「カーボン・ニュートラル」を達成するとした。

同相の提案には、六つのテーマにわたる23の施策が盛り込まれたが、大半は具体性を欠いている。

同相は、ガソリン・ディーゼル車販売停止などは難しい課題で、達成には「革命」が必要だと認めつつ、実現は可能で、仏メーカーも責務を負うとした。トランプ米大統領はパリ協定離脱を表明したが、マクロン仏大統領は同協定を推進することに力を注いでいる。

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衆愚政治としか言いようがない。


ことの本質は、今までの「レシプロエンジン」が全て悪いわけじゃなく、公共交通機関の充実を怠ってきた結果ではないか?

もっと言えば、人や物の移動のための手段が「選べない」ということである。特に、大都市に置ける「人の移動」が、車に頼ってきた結果ではないか?

それ以上に、ネットの動画なんぞを観ると、フランス・パリ、米国ニューヨークという世界中から羨望の眼差し?を向けられる大都市は、路上駐車が当たり前、ということがバカでもわかる。米国ロサンジェルスなどは、ディーゼル車の走行比率が少ないはずなのに、スモッグに被われているというじゃないか?要は、ロサンジェルスという大都市を移動する場合、車しか交通手段がない、ということじゃないのか?


この様なことをまずなんとかせねばならないのではないのか?
 
そこらへんには手を入れず、車が〜、環境が〜、オンダンカガ〜、と大騒ぎしても全く意味がない。