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以前、次のリンクをこの拙ブログで紹介し、私個人的になんだかんだと記した。


立ち止まって、未来を考える。
私たちは「港区子ども家庭総合支援センター」建設計画の見直しを要請します。


で、東京南青山と最も縁遠く最も無関係な私が、何故このリンク先のサイト?団体?を知ったのかといえば・・・


【直撃取材】「南青山児童相談所問題」の黒幕と噂の不動産会社『グリーンシード』に話を聞いてみた

・・・という記事を拝見したからである。

そしたら・・・・

【南青山児相】南青山の住人「町内会の人は満場一致で賛成。反対してるのは青山に住んでない人…」


・・・という記事まで登場。


エントリタイトル通りで、色々と複雑なご事情がある様で・・・としか言えないね。


関係ある様な無いような、おまけ

【「現実主義者が憎まれるのは、彼らが口に出して言わなくても、彼ら自身そのように行動する事によって、理想主義が、実際は実にこっけいな存在であり、この人々の考え行うことが、この人々の理想を実現するには、最も不適当であるという事実を白日のもとにさらしてしまうからです。
理想主義者と認じている人々は、自らの方法上の誤りを悟るほどは賢くはないけれど、彼ら自身がこっけいな存在にされたことや、彼らの最善とした方法が少しも予想した効果を生まなかったを感じないほど愚かではないので、それをした現実主義者を憎むようになるのです。だから、現実主義者が憎まれるのは、宿命とでも言うしかありません。理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するものです。」】

塩野七生著『海の都の物語 1』の中から第三話 第四次十字軍より抜粋引用。


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立ち止まって、未来を考える。
私たちは「港区子ども家庭総合支援センター」建設計画の見直しを要請します。


というサイトがある。

テレビ番組が火をつけた?「東京南青山に建設予定の児童相談所」に対して「反対」を表明している「団体?」のサイトである。

詳しい?ことはリンク先で「なぜ反対であるか」ということを読んで欲しいが・・・

簡単にその反対理由をここで記せば「税金が無駄に使われ様としている」ということらしい。まあ、そこに「人間の感情」というものがあるものだから・・南青山のブランドが〜・・という本音を思わず言ってしまうアホもいる様であるが。いや、福祉がどうたら、子供がどうたら、平等がどうたら等々大騒ぎする意識高い系?の方々が居住していると思われる地域の住民が、本当は「賎民思想」「差別思想」を最も推進しているとは思わなんだ。これじゃ、いくら意識高い系、パヨク等が「いじめをなくそう」とか「差別は良くない」と喚いても説得力がない、と思うよ。


それはともかく、税金の無駄遣い、という視点から言えば、リンク先で記されいることは「一理ある」と思える。


で、記したいことは、この「南青山ナンタラ」のことではない。

マスゴミ報道の影響?で、税金の使途について随分以前より注目される様になり、その結果が「公共事業無駄」「公共事業悪」という世論?形成であった様に記憶している。

ところが、その様な世論づくりに邁進していた側が・・・・いわゆる「科研費」に関しては、その使途を調べるな!!と大騒ぎ。

以前も記したが、いわゆる「科研費」の原資は、マスゴミやパヨクが大騒ぎしている貴重な税金だぜ。

いわゆる「科研費」は、その貴重な税金を投入した「公共事業」だぜ。


おまけ

国交省さん、道路案内標識とか駅構内の案内板等々・・ともかく公共の施設等での「案内板」で「日本語・英語」以外の言語も合わせて表記するちゃ・・・無駄中の無駄であり、案内ということからいえば「本末転倒」じゃね?


その上で、タトゥーは歴史や現代社会で美術的な意義や社会的風俗という実態があることを踏まえ、「医師の業務とは根本的に異なる」とし、医行為には当たらないと判断。彫り師に医師免許を求めれば、憲法が保障する職業選択の自由との関係で疑義が生じるとも述べた。

【「タトゥーは医療行為ではない」 彫り師に逆転無罪判決】より
https://www.asahi.com/articles/ASLCG4T7JLCGPTIL013.html


まず最初にね、「タトゥー」と言わずに「刺青・入れ墨・イレズミ」と言いましょうや。そうでなきゃ、引用文に記されている「歴史やナンタラカンタラ」にそぐわない。

で、その歴史的な観点から・・・江戸時代という頃に「墨を入れる」ということは「犯罪者の烙印を押された」ということでもあったんだよね。事実、今で言うところの「軽犯罪」「微罪」と言われる様なことを当時犯した者は、腕や額に墨を入れられ、「お前は犯罪者」と烙印を押された。そして、今で言うところの「やくざ者」「破落戸」などが好んで体に墨を入れていたものだから、入れ墨・刺青=反社会的行為、となった歴史的経緯を、それこそ記すべき。

その様なことを言わずに、カタカナで「タトゥー」と頭の良い方が率先して大騒ぎして言うものだから、それこそ「入れ墨・刺青」に関しての「誤解」が生じると思うのだけどねぇ〜・・・


テレ朝ニュースによれば、明治大学の女子トイレに侵入したとして会社員の男が現行犯逮捕されたという。男は「お腹の調子が悪く男子トイレと間違えて入った」と容疑を否認しているというが、もし男の証言が事実ならば切なすぎやしないだろうか? 頼むからやめたってくれや……。

・盗撮の可能性もあるが
男はキャンパスの地下1階にある女子トイレに侵入した疑いが持たれているらしい。通報を受けた警備員が駆け付けると、男子トイレの奥にある女子トイレのドアに鍵が掛けられていて、警備員が出てくるよう促ししばらくしてから男が出てきたという。
警視庁は盗撮などの目的で女子トイレに侵入したとみて調べているらしいが、もちろんその可能性だって十分にある。会社員である男がわざわざ明治大学のキャンパスの女子トイレに入ること自体怪しいし、残念ながら盗撮行為も後を絶たないのが現状だ。だがしかし……。

《【やめたれや】お腹の調子が悪い男 → 間違えて女子トイレに入って逮捕 → 今年1番切ない事件だろコレ…》より


普通は?公共の場にあるトイレで、しかも「女子トイレ」に男が入れば、大概「痴漢行為」「のぞき」と考える。しかし、リンク先に記されている様に「漏らす寸前くらいのギリギリの状況」で「止むを得ず」ということだってあろうし、昨今は「LGBTが〜」ということがあって、その男性が「私は女性だ!」と強弁した場合どうするのだろう?

・・・と、私は記事を読んで思ってしまった。


全く関係のない追記???


スー・チー氏の人権賞撤回
「失望」とアムネスティ
2018/11/13 05:48

 【ロンドン共同】国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)は12日、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相に授与していた人権賞を撤回すると発表した。イスラム教徒少数民族ロヒンギャに対する迫害やメディア弾圧を阻止しなかったことに「大いに失望した」と批判した。

 同氏を巡っては1991年に受賞したノーベル平和賞の剥奪を求める声も一部で上がっている。

 アムネスティは、スー・チー氏が民主化運動指導者として軍事政権に軟禁されていた2009年、人権擁護で活躍した人に贈る「良心の大使」賞の授賞を決め、軟禁解除後の12年に手渡していた。


この引用した共同通信配信記事を読み・・・


【私は、失望することのほうが、オカシイと感じた。人間的な共産(社会)主義なんて、ありえようはずがないのである。スターリンのほうが、よほど首尾一貫している。バカなのは、そういう社会が実現可能だと信じていた良心的なインテリたちである。私が真の共産主義者ならば、彼らのような人間は社会に害毒をおよぼす人種と断じ、粛清でもなんでもして、消してしまったであろう。政治的センスのない良心的な人々が、政治に口をだすことほど害なものはない。とくに、それらの人が、社会的名声など持っていたりすると・・・・、とソ連の支配者が思ったとしても、あの国の政体からすれば、当然ではないかと思う】
塩野七生著『サイレント・マイノリティ』の中から全体主義についてより抜粋引用。


・・・である。


村上春樹さん、早大に資料寄贈 原稿や書簡、研究拠点に

 作家の村上春樹さん(69)は4日、東京都内で記者会見し、自筆の原稿や書簡、レコードなどの所蔵資料を母校の早稲田大学に寄贈すると発表した。早大は将来的に、国内外の村上文学の研究者が資料を活用できる研究センターをキャンパス内に作ることを目指す。村上さんが国内で会見に臨んだのは37年ぶりという。

【村上春樹さん、早稲田大学に自筆原稿やレコードコレクションなどを寄贈】より
https://www.huffingtonpost.jp/2018/11/04/haruki-murakami_a_23580177/


申し訳ないが、私は「村上春樹」という作家?作家が創作する作品?には全く興味がない。だから、引用記事やURL先記事に記されている・・・


【僕には子どもがいないので、僕がいなくなったあとに散逸するのも困るなと思っていた】

【国内外の村上文学の研究者が資料を活用できる研究センターをキャンパス内に作ることを目指す。】


・・・・等々のことは「どうでもよろし」「勝手にやれば?」というくらいの感想しかない。

ただ、この作家も「齢69」で、間も無く「齢70」という事実に、現実を突き付けられた感じがしたのである。


もっと言えば、いわゆる「団塊世代」も「本当のジジババ」になった、ということであり、この世代も「あとは消え去るのみ」という段階に入った、ということである。


なお、私はマスゴミが印象付けた様な「団塊世代=先進的、革新的」とは思っていない。当然、この世代の全ての方が「学生運動」「左翼運動」に明け暮れていたとも思っていない。

ただこの世代の一部に「アホがいた」ということであろうし、その「一部のアホ」たちをマスゴミが持て囃し「時代の寵児」的な扱いをしたものだから、その一部のアホたちが勘違いし70という年齢になってまで、アホなことを行なっているに過ぎない、と思っている。しかも、世の中に影響力がある「マスゴミ」等々に多くいるものだから、尚更そのアホぶりが際立つのであろう、と思う。