明日攻められらどうする!というネトウヨ的質問には「答えない」が正解。なぜなら戦争に至るまで友好関係から軍事衝突まで段階がありその為の外交、政治。経緯も根拠も無視し明日攻めて来るなど前提のおかしい質問は答える必要なし。戦争は地震、天災と違う、あくまでも人が起こすべくして起こす人災
https://twitter.com/YUIKA322/status/950271031549116417


面白いな〜・・・

いや、この様な考えこそ「歴史に学べない」「鑑みる・省みる、ということができない」というべきであろうか?

そうではなかろうか?

この手のタイプというか、思考を好んでする方は、かつての戦争での「ドイツ・ナチス」のこともよく出すのであるが、そのナチスに対し当時の欧州は「寛容・宥和」で挑んだ・・当時のドイツに駐在していた「大使館」等からの情報が「危機的」「戦争になるであろう」ということをもたらしていても・・・

そして、それこそ「突然」に「戦争が始まった」のである。

あの戦争での、我が国日本の良し悪し、当然ナチス・ドイツの良し悪しは別にしても、戦後はあの時の「過ち」を学んだはずなのだが、時代が下がるにしたがい、そのことすらも「なかったこと」にしてしまう方々が多いことに驚く。しかも、「歴史に学べ」「歴史修正主義だ」と大騒ぎする、高学歴で非常に意識の高い方々に多いことに驚く。


なおWikiに記されている「宥和政策」には・・・

1938年、ヒトラーがチェコスロバキアの要衝ズデーテン地方を要求したことを受け、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア4カ国の首脳会議がミュンヘンで行われた(ミュンヘン会談)。イギリスのチェンバレン首相は、平和主義のためと、戦争準備の不足からドイツの要求をのんだ。なお、チェコスロバキアの代表は、会議に参加することも意見を提出することも認められなかった。

・・・と記されている。


時間稼ぎ、戦争準備が整うまで・・・外交いうか、交渉ごとというか、その様な駆け引きは重要。その駆け引きの中で、我々に手を出したら「そちらも相当痛い目にあう」ということを示すことができ、戦争回避に繋がるのならそれは良いことである。しかし、その準備を「疎か」または、へんてこりんな連中の言うことを真に受け、話し合いだけで「解決できる」なんて思っていたら、それこそ「多くの命が無闇に失われる」だけなのである。


追記として記すが・・・・


日本の場合、「他者の肌の色や身体的特徴をネタにしてはいけない」という価値観が共有されてない(これはテレビの悪影響も大きい)ので、「差別の意図はなかった」ということが強調される。ポリコレの問題というより日本が「ポリコレ以前の社会」だから論争になるということがよくわかる一件だったな。
https://twitter.com/tsuda/status/950344724505804801


言っている意味が全くわからない。

それを無理矢理理解してみると・・いわゆる「ポリコレ」は「絶対の正義、神からのご宣託であるから、絶対に逆らってはダメ、日本はそれすらも理解できない未開の地である」ということかね?

津田さん?


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「イチ、ニ」受刑者の軍隊式行進は人権侵害 弁護士会

 受刑者に「軍隊式」の行進をさせたのは人権侵害にあたるとして大阪弁護士会は12日、大阪刑務所に是正勧告を出した。同会によると2011年12月から12年8月、刑務官が移動中の受刑者に、腕や足を水平程度まで上げ「イチ、ニ」と声を出して行進するよう指導したといい「行き過ぎだ」としている。同刑務所は取材に「声をかけさせてはいるが大声は強要しておらず、極端に腕や足を上げさせてはいない」と答えた。

 このほか、視覚障害のある40代の男性受刑者がルーペの使用を認められなかった事例も、障害者差別解消法に反すると認定。大阪拘置所の死刑囚が、弁護士ら16人への信書送付を求めたが3人に対してしか許可されなかった事例でも改善を求めた。
http://www.asahi.com/articles/ASKDD5QQTKDDPTIL02S.html


で、どの様な「刑務所」ならば良いのだ?

飲酒喫煙ができて、冷暖房完備の個室で、売店もあり、面会にきた配偶者や子供または恋人と宿泊できる、という刑務所が良いのかね?

というか、弁護士ちゃ集団生活ということを一度も経験したことがないのかね?

わたしゃ、社会性とか集団生活とかに関し他者様のことをとやかく言えるような立場じゃない、社会性が乏しいでね。が・・学校にせよ、企業にせよ、不特定多数の人間が集まり行動する、ということはある程度「規律」というものが必要と思っている。

ましてや「刑務所」という、それこそ「特殊で限られた場所」なわけで、その中で受刑者が移動となれば「軍隊式行進」の様な形は止むを得ない、と思う。

その様なところを本当は考え、本当の意味での「刑務所内での人権が〜」を提言すべき、と思うのだが・・・受刑者達より実生活、実社会の経験が少なすぎるのが弁護士という方々なのかね〜・・

しかし、他の報道機関では・・・

ルーペ不許可は人権侵害=大阪刑務所に勧告-弁護士会

 視力補正のためのルーペ使用を受刑者に認めなかったのは人権侵害だとして、大阪弁護士会は12日、大阪刑務所に再発防止を勧告した。
 勧告書によると、元受刑者の40代男性は視神経萎縮により視力が右は0.07、左は0.05で、眼鏡では矯正できないという。文字を読むためにレンズが3枚付いたルーペの使用を求めたが、大阪刑務所は2015年に不許可とした。
 刑事収容施設法は「眼鏡その他の補正器具」の使用を認めているが、同刑務所は「ルーペは補正器具ではない」と説明した。弁護士会は、補正器具であることは明らかで、男性はルーペでなければ文字を読めないと指摘。大阪拘置所や神戸刑務所では使用を認められており、施設管理に問題は生じないとした。(2017/12/12-19:38)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017121201065&g=soc

・・と言うことを強調し報じるのに、朝日は「軍隊」と言う言葉に「脊髄反射」してしまう様だ。

いや、朝日新聞の報道は「弁護士会を虚仮にしている」「弁護士会は本物の気狂いの集まり」と報じている様にも見えるがね。


このツイート読んでくださいね。小坪議員への批判は単なる批判、論評であってヘイトではないです。僕は彼の出自や属性などに対して何もふれていません。https://twitter.com/tsuda/status/930279246215315456 …


ということなのだそうだ。


しかし、無闇にというか、綺麗事というか、自分たちのご都合というか、そんな感じで「ヘイト」とか「差別」「人権」等々を最大限利用し、その上にあぐらをかいてきたのは、この手の大学のエンライ教授センセの様な人間たち。と思うのだが・・・

これは、この手のエンライ教授センセを利用してきた「既存の新聞テレビ」にも言える。

次のリンク先の記事を読むとそれがよくわかる。

国連人権理事会 日本の人権の状況に218の勧告
11月17日 8時06分


完全とは言い難いが、様々な自由を謳歌できるのが日本である。その事実を現政府は勿論であるが、日本のメディアと称しあぐらをかいているところがそのことを国際社会に発信する責務があると思うのであるが・・・日本の代表される既存の大新聞や大テレビ局はその逆のことを行う。しかも、先に引用したツイートを発する様な「大学のエンライ教授センセ」を利用して・・・

いや既存の大新聞、大テレビ局、そして「大学のエンライ教授センセ」こそ、「日本には自由がある」ということを重々承知しているだろうし、その恩恵を最大に享受してきたのではないのか?

しかし、引用Tweetの様な形でしか知らないが、日本の大学の教授センセとは「気楽な商売ときたもんだ」というか、これほどまでに「浅はか」な思考しかできない方でもなれるというのが凄い。いくら歴史ある、かつ「名門」と称する大学であっても、この手の方々を「教授」として採用してしまうのだから、大学教育の程度がわかるというモノである。


おまけ


国連人権理事会の対日普遍的定期審査について日弁連が会長声明。
今回のハイライトとなんと言っても、死刑廃止、差別禁止法、国内人権機関の実現が待ったなしとなった点です。
福島原発事故の被害者の人権と帰還政策、メディアの独立性と特定秘密保護法が大きく取り上げられたことも特筆されます。


これ、海渡某という某参議院議員の事実上のダンナのTweet。あとは「言わずもがな」でありましょう。



強制わいせつ容疑で長男逮捕の共産都議が辞職


このリンク先の記事を読んで、民主党が政権の座に着いた年に、あるテレビ局が「閔妃(びんひ、ミンビ)暗殺」に関する「ドキュメンタリー番組」を放送したことを思い出した。

その内容は、「閔妃(びんひ、ミンビ)」を暗殺したとされる日本人の子孫たちが、韓国に出向き「閔妃(びんひ、ミンビ)」の子孫たちへ、そして韓国社会へ「謝罪を行う」というモノであったはず。

しかも、その謝罪を行わせたのは「明成皇后を考える会」というところらしい。しかも「明成皇后を考える会」で検索すると「共産主義者同盟」とか「朝鮮新報」という香ばしすぎるところがヒットする。





共産主義者と称する者たちは「前近代的な遡及法」的な考え方で、歴史を裁く、ということを「絶対の正義」としているわけで、その逆、共産主義者は成人した子の不始末に関して親が責任を取るという、共産都議の姿勢は「あり」と変に「納得」し「流石だ」と思ってしまう。

とは言え、彼らの言動を見ていると「言動不一致」ということばかりが大いに目立つが・・・・


そう言えば、日本共産党の志位委員長のおじいさまと伯父様は、共産党が絶えず糾弾している旧日本軍の将軍と佐官級将校だったとか?共産主義者的考えからすれば、志位委員長は国民にわかる様に土下座謝罪をせねばならないのでは?



福島瑞穂らの言い訳が見苦しい「イヴァンカ基金に57億円」の誤報に釣られた面々がコチラ


というリンク先を拝見した。

そのリンク先に記されていることを拝見し、ハッキリ言って「面白い」であった。

そして、情報通というか、ジャーナリストというか、ともかく「専門家」と自称し、新聞テレビにて「チヤホヤ」されている方々ですら、既存マスゴミ的にいうところの「イヴァンカ基金」に関する報道に「まんまと騙された」という形になっていることに驚くのである。

それだけ人間というのは・・・

【人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない】

・・・ということなのだろう。

ちなみに、「ネット万能」ということを言うつもりはないが、ネットの普及によって新聞テレビ以外から情報を得られるようになったのである。しかも「公的機関」や「企業」からの「報道発表」とか「一次情報」と呼ばれる情報の多くは、そのネットによって「誰もが簡単に閲覧できる」ようになったのである。

「フェイク」「ファクト」等々と大上段に振りかざす前に、その事実をまず認めなくてはならないのである。