トヨタはトラックにもCrawl Controlをつけたのね〜

Crawl Controlに関しては、次のリンク先を参照してね。

http://www.advics.co.jp/jp/news/press/2007/071018.html



とはいえ、このモデルは米国向けモデルで・・オーストラリアでも売るかな?・・・日本市場のことは考えていない。嗜好が違うし、仮に販売したとしても大排気量ガソリン車は売らないであろう。

トヨタには、この様なトラックの上級モデルとして「Toyota Tundra」がある。こいつはそのデカさ、排気量、馬力から言えば、日本で言う所の「中型トラック」である。



で、私個人としては米国仕様のような「バカデカイ」車はいらないのだが、米国仕様のこの手の車が標準としている、リアの牽引装置、フロントの牽引フックは欲しい。

なぜって?

大雪が降った時に助かるのよ・・・・ウインチもあればなお最高。

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大阪の生活に欠かせない鉄道といえば、大阪環状線です。大阪駅、京橋駅、天王寺駅など、複数の駅を円を描くように結んでいます。毎日、通勤や通学て使っている人もいるでしょう。

・価値に大きな差がある
そんな大阪環状線ですが、駅によって街の雰囲気がガラリと変わり、治安や利便性など、その価値に大きな差があります。そこで今回、300人の老若男女を対象に「絶対に住みたくない大阪環状線の街はどこ?」というインターネット調査をしてみました。

・絶対に住みたくない大阪環状線の街ランキングワースト10
1位 鶴橋 (22.3%)
2位 新今宮 (13.3%)
3位 大阪 (10.7%)
4位 大阪城公園 (6.7%)
5位 京橋 (5.3%)
6位 芦原橋 (5%)
7位 玉造 (4.7%)
7位 天王寺 (4.7%)
8位 野田 (4.3%)
10位 福島 (4%)
※パーセンテージは投票の割合い


・アンケート参加者の声
「鶴橋はなあ…」
「新今宮周辺は鶴橋より酷い醜い」
「鶴橋でも上本町側なら住みたいわ」
「ネットの友人に鶴橋はヤバイという話をたくさんされました」
「全体的に怖いところなイメージ」
「なんのイメージもわかない」
「環状線でくくられるとこういう結果になる」

・意外にもグルメな街
鶴橋が圧倒的にワースト1位になってしまいました。このあたりは飲食店も複数あり、食通によれば「意外にもグルメな街」という話をよく聞きます。それでも、住むには適さないということでしょうか? 皆さんは、このランキング結果をどう思いますか?

《【衝撃事実】絶対に住みたくない大阪環状線の街ランキングワースト10発表!》より

http://snn.getnews.jp/archives/566259


どんな街にも「ここだけは住みたくない」というのがありますが・・・このアンケート結果が本当なら、その原因は「言わずもがな」というところでしょうか?

武骨なデザインそのまま ランクル70、異例の復活販売 期間限定で受注 トヨタ
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140825/biz14082516400005-n1.htm


ディーゼルエンジンもラインナップされているのかいな?と思っていたが・・・

http://toyota.jp/landcruiser70/

されていなかった・・・

まあ、トヨタのサイト(リンク先)でランクル70の主要諸元を観ると分かるのだが・・・これは「一部の愛好家」向け、と「企業(法人)」「官公庁」向けの車である事が分かる。まさに「実用車」なのである。いや「乗り手を選ぶ車」と言えるかもしれない。


『潜水艦イ-57降伏せず』(せんすいかんいのごじゅうななこうふくせず)は、東宝が製作し、1959年(昭和34年)7月5日に封切り公開した戦争映画。



1945年(昭和20年)6月、太平洋戦争にて敗戦濃厚となった大日本帝国海軍において最前線に従軍していた潜水艦「イ-57」は突如ペナンに寄港を命ぜられ、某国の外交官父娘を中立国であるスペイン領カナリー諸島まで輸送する任務を負った。この外交官は早期講和を目指す大本営の秘密工作であり、艦長以下の反対も派遣された参謀の説得により収まった。しかし外交官父娘の正体は一般乗組員には知らされないままであった。「イ-57」はアフリカ沖目指してインド洋を潜行する。途中、敵の駆逐艦による攻撃などにも耐えようやく喜望峰沖まで達した時、連合国はポツダム宣言を発表し「イ-57」の航海は全くの無意味となった…。
http://ja.wikipedia.org/wiki/潜水艦イ-57降伏せず

昭和34年(1959年)公開、というのが凄い話である。そして、間違いなくこの頃まで、いま考えられ、思われている様な「戦争への嫌悪感」というか、「戦争=タブー」「戦争は日本が悪い」と言うモノが無かった、と言うことが分かる様な映画である。

ちなみに、昭和34年(1959年)は・・・

キューバ革命

「紀元節奉祝建国祭大会」に参加した直後の右翼が三笠宮崇仁親王邸に押しかけ、一部が敷地内に乱入。

BOACスチュワーデス殺人事件。

チベット蜂起

皇太子明仁親王(今上天皇)と正田美智子が結婚、ミッチー・ブームが最高潮に

中国国家主席に劉少奇を選出、毛沢東は党主席に専念

昭和天皇・香淳皇后が後楽園球場の巨人-阪神戦を観戦(天覧試合)。巨人の長嶋茂雄選手が阪神の村山実投手からサヨナラ本塁打

在日朝鮮人帰還で日朝協定

新潟日赤センター爆破未遂事件発生(http://ja.wikipedia.org/wiki/新潟日赤センター爆破未遂事件

北朝鮮への在日朝鮮人の帰還事業が始まる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/1959年

・・・という事が起きている。









本気で主張している、というのなら「キ印」としか言い様が無いのだが・・・これが「お笑い芸」の為の「話題づくり」と言われたとしても、「全くセンスがない」「シャレというモノを理解出来ないうちは、芸事なんざ一切するな」である・・・